下垂体腫瘍
担当医
下垂体とは脳の底の部分に細い茎でぶらさがっている1cmくらいの小さな器官で、鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところに納まっています。頭蓋骨の底にあたる部分、すなわち頭の中で最も深いところに位置しています。全身のホルモンのコントロールセンターの役割を果たし、身体中の様々な機能を調節しています。
下垂体やその近傍には、下垂体腺腫、ラトケ嚢胞、頭蓋咽頭腫などの代表的腫瘍の他に、視神経膠腫、胚細胞腫、髄膜腫、脊索腫といった様々な腫瘍が発生します。
下垂体腫瘍及びその症状
【下垂体腺腫】
下垂体そのものに発生した腫瘍で、基本的には非常に良性であるため、時間をかけてゆっくりと増大します。この脳腫瘍では以下のような症状が特徴的です。
<視力・視野障害>
腫瘍が大きくなり下垂体の上方にある視神経を圧迫するために起きる症状です。まず始めに視野の外側が見えづらくなり、徐々に視野が狭まった後に視力も低下します。放っておけば最終的には失明してしまうので、視力・視野の回復を図るためには腫瘍を取り除いて視神経への圧迫を解除しなければなりません。
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術前
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術後
この方は術前の視野検査で両耳側半盲(両眼の外側が見えないこと)と視力低下がありましたが、腫瘍を鼻から全摘出術後、視野・視力ともに完全に回復しました。
<下垂体ホルモンの分泌低下>
正常な下垂体が腫瘍によって押しつぶされ、下垂体の機能が障害されることによって起きる症状です。下垂体機能の低下は徐々にゆっくりと起きるので大半の方が自分ではなかなか気付くことができません。また下垂体が分泌するいくつかのホルモンのうち、生命維持に必要でないもの(重要度の低いもの)から順に悪くなるので検査をしなければわからないことがほとんどです。当科で手術を行う方は、術前術後のホルモン分泌の状態を正確に評価するため、内分泌内科に入院の上、精密な検査を受けてもらっています。検査の結果下垂体機能が低下している場合には、内科の先生が状態に応じてホルモン補充療法を行います。
従来下垂体機能低下症は手術で腫瘍を摘出してもあまり改善はみられず、大きな腫瘍の場合にはむしろ更に悪化することが多かったのですが、2008年以降下垂体機能の温存を心掛けた摘出術を行うようにしたところ、9割以上の方で術後下垂体機能の温存・改善がみられるようになりました。
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術前
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術後
この方は術前の検査で重症成長ホルモン分泌不全(GHRP2: 5.78 ng/ml)、中枢性性腺機能低下症、中枢性甲状腺機能低下症、高プロラクチン血症を認めましたが、術中菲薄化した正常下垂体を極力温存する手術を行ったところ、成長ホルモンは術直後10.01、一年後には26.38と著明に改善し、その他のホルモンも正常化しました。
<下垂体ホルモンの分泌過剰(機能性下垂体腺腫)>
腫瘍が下垂体特有のホルモンを分泌することによって起きる症状です。血液中のホルモン値が高くなり過ぎると、体中に様々な症状を引き起こします。
成長ホルモンの過剰は末端肥大症(手指・足・顔などの肥大)をきたします。その他に糖尿病、高血圧、高脂血症、心臓病、悪性腫瘍など加齢によって生じる様々な病気を併発するため健常者に比べて寿命が短くなってしまいます。乳汁分泌ホルモン(プロラクチン)の過剰は、生理不順・無月経や乳汁分泌、不妊、骨粗鬆症などをきたします。副腎皮質刺激ホルモンの過剰は高血圧、糖尿病、肥満、心臓病、脳卒中といった重篤な病態を引き起こします(クッシング病)。これらの機能性下垂体腺腫の場合、腫瘍が小さくても身体に様々な症状を引き起こすので、腫瘍を完全に摘出し過剰なホルモンを正常化させなければなりません。
当科では腫瘍摘出の際に、腫瘍と正常組織の境界部分から組織を採取して手術中に調べる迅速病理診断を行っています。また側方や上方に伸びた腫瘍を摘出する際にはハイビジョン内視鏡下に当科で独自に考案した摘出器具を使って腫瘍を摘出しています。その他にも腫瘍を過不足なく摘出できるように様々な工夫をこらして治療成績の向上に努めています。
機能性下垂体腺腫の中でも特に成長ホルモン産生下垂体腺腫は、明確な寛解基準があり手術の結果が如実に出るため、我々下垂体外科医の腕の見せ所です。摘出器具の開発、手術手技の工夫を積み重ねてきた結果、成長ホルモン産生下垂体腺腫であれば手術のみで85%以上の寛解率を達成することができるようになりました(2008年以降)。プロラクチン産生下垂体腺腫は一般的にはカバサールというお薬を内服することによって過剰なホルモンを抑えることが可能です。しかし挙児希望の女性で、なおかつ腫瘍がMRI上境界明瞭なものであれば、手術で完全に腫瘍を摘出し、薬を内服しなくても済むようにする方法もあります。
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術前MRI
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術後MRI
この方は腫瘍が内頚動脈の外側まで進展した成長ホルモン産生下垂体腺腫です。静脈(海綿静脈洞)に侵潤した腫瘍に対しても積極的に摘出を行い、術後寛解基準を満たすことができました。
【ラトケ嚢胞】
成長していく過程で退化して消えるはずの嚢胞(分泌物が溜まった袋状のもの)が下垂体部残ってしまったもので、20%くらいの人がこのラトケ嚢胞を持っていると考えられています。通常は大きくならないため、症状がなければ治療の必要は全くありません。しかし、大きくなって視神経を圧迫したり,ホルモン機能の異常をきたしたり、慢性頭痛の原因になっていると考えられる場合には手術治療を必要とします。当科では200例を超えるラトケ嚢胞に対する手術実績から、どういった方に手術を行ったらよいのかを検討し、治療効果を上げています。また手術方法にも工夫を凝らし、再発率を約5%まで軽減させることができました。
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術前MRI
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術後MRI
この方は視力視野障害で発症したラトケ嚢胞です。術後視力視野障害は完全回復しました。
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術前
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術後
この方は激しい慢性頭痛が続き、MRI検査の結果ラトケ嚢胞が見つかりました。内分泌検査で成長ホルモン分泌不全(GHRP2 : 7.25 ng/ml)が判明し、手術を行いました。術後頭痛は消失し、成長ホルモンも正常化(20.82)しました。
【頭蓋咽頭腫】
下垂体がぶら下がる茎の部分から発生する腫瘍で、視力視野障害やホルモン機能の異常で発症します。基本的には良性腫瘍であるため、腫瘍を残さずに全て摘出することができれば完治することも可能です。しかし頭蓋咽頭腫は手術操作の難しい脳の最深部に位置し、周りの組織と強く癒着していることが多いため、合併症をできるだけ少なくしつつ腫瘍の全摘出を行わなければならないという点で、術者の技量が最も問われる疾患の一つです。残存した腫瘍は再増大(再発)することが多く、良性腫瘍でありながら治癒困難な脳腫瘍と考えられています。腫瘍が再増大した場合の再手術は、癒着がさらに強くなり困難を極めるため、最初の手術でどれだけ完全に腫瘍を取りきれるかが重要です。当科では腫瘍の全摘出を目指して、開頭、経鼻、あらゆる方向から、内視鏡・顕微鏡、様々な摘出器具を駆使して腫瘍の摘出を行っています。手術で腫瘍が完全に取りきれなかった場合でも、当科で併設しているガンマナイフという放射線治療が有効です。
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術前
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術後
この方は開頭で腫瘍摘出術を行いました。内視鏡も併用して視神経の裏側の腫瘍も含めて全摘出を行うことができたため、その後再発していません。
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術前
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術後
この方は下垂体機能低下症、視野障害で発症した9歳男児の頭蓋咽頭腫です。髄液漏修復技術の進歩とハイビジョン内視鏡のおかげで、小児であっても経鼻的手術を行うことができ腫瘍は全摘出できました。
【髄膜腫】
脳を覆っている膜から発生する良性腫瘍で、主に視力視野障害で発症します。視神経と腫瘍の正確な位置関係を把握し、如何に視神経を傷つけずに腫瘍を摘出できるかが手術のポイントです。当科では視神経と腫瘍の位置関係がより良くわかるように、術前に特殊なMRI(CISS)を撮影して少しでも手術がやりやすくなるように工夫しています。
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術前MRI
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MRI(CISS)
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内視鏡
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術後MRI
この方は左眼の急激な視力視野障害で発症しました。術前にCISS MRIを撮って腫瘍の進展状況と視神経との位置関係を正確に把握した上で左側から開頭手術を行いました。視神経の裏側に進展した腫瘍も内視鏡下に摘出、腫瘍は全摘出することができ、視力視野も完全に回復しました。
【下垂体偶発腫】
近年CT、MRIの普及は目覚ましく、頭部の検査が気軽に行えるようになりました。その結果、頭部外傷、頭痛、脳梗塞、めまい、脳ドックなどの頭部精査で下垂体腫瘍が偶然見つかる方が増えてきました(これを下垂体偶発腫と言います) 。基本的に下垂体腫瘍は良性なので、症状がないにもかかわらず「腫瘍があるというだけで手術をしなければならない」というものではありません。しかし症状の進行があまりにもゆっくり過ぎて、本人がその症状に全く気が付いていない場合があります。当科では、内分泌内科での詳しいホルモン検査、眼科での詳細な視野検査を行った上で、手術の必要性の有無を判断しています。症状がない場合は当然手術の必要はなく、定期的な経過観察を行います。
手術方法
鼻の穴を経由して手術をする方法(経鼻的経蝶形骨的腫瘍摘出術)と、おでこの頭蓋骨を開けて手術する方法(開頭腫瘍摘出術)があります。 腫瘍の種類、場所、大きさ、進展方向、周囲の構造物(血管、下垂体、視神経など)との位置関係などを充分に吟味した上で手術方法を選択しています。 1998年以降の1700例を超える下垂体部・傍鞍部腫瘍に対して約9割に経鼻的腫瘍摘出術を、約1割に開頭腫瘍摘出術を行っています。
薬物治療、内分泌学的検査
下垂体腫瘍は、手術で腫瘍をとればそれで終わり、という病気ではありません。下垂体の機能を正確に評価し、各々の状態に合った補充療法を行わなければ通常の日常生活を送ることは困難な場合があります。さらにホルモン産生腫瘍の場合、薬物治療(内服、注射)がとても効果的な場合もあります。薬物治療を第一選択にする場合や残存腫瘍に対して薬物治療を行う場合には、内分泌内科医が投与量の調節、合併症のコントロールなどを行いつつ治療を進めます。術前術後の内分泌機能の評価、治療効果の判定、補充療法、薬物治療など下垂体腫瘍における内分泌内科医の役割は極めて重要です。内分泌内科との緊密な連携を保ち、協力体制を築くことが下垂体腫瘍の手術治療には不可欠です。
ガンマナイフ(放射線治療)
下垂体腫瘍が術後に残存、再発した場合にはガンマナイフ(放射線治療)が有効です。当科ではガンマナイフセンターを院内に併設しているので、照射を行う際には同僚であるガンマナイフ専門医に画像だけではわからない腫瘍の摘出状況を詳しく説明しています。その術中所見とMRI画像を照らし合わせて照射部位を決め、治療効果の向上を図っています。
入院期間
基本的には手術予定日の2-3日前に入院して頂きます (手術日が月曜日の場合は前週の水曜日か木曜日、水曜日の場合は日曜日か月曜日。 具体的な入院日は入退院係からの電話連絡をお待ちください)。 入院後に手術に必要な検査を行い、必ずご家族(親族)同席の上で手術の詳しい説明を致します。 経鼻的腫瘍摘出術の場合、術後合併症が起こらず順調に経過すれば、 術後1週間で頭部MRIを行い、その翌日に内分泌内科へ転科し(内科ベッドの空き状況にもよります)術後のホルモン精査を行います。 内科での検査期間は3日から1週間くらいです。 したがって全ての入院期間は2-3週間くらいが目安となります。
セカンドオピニオン
当科では他院で下垂体腫瘍と診断された方、または疑われた方のセカンドオピニオンも積極的に受け付けております。手術の適応・方法について疑問がある場合はご気軽に相談してください。同様に当院で下垂体腫瘍と診断された方も、他院でのセカンドオピニオンを希望される場合は遠慮なくお申し出下さい。当科では手術の必要性、手技、合併症などを十分に理解し納得してもらった上で手術を受けて頂きたいと思っています。疑問な点があればなんでも質問して下さい。
経鼻的経蝶形骨的腫瘍摘出術
当科では基本的に片方(腫瘍が大きい場合は両側)の鼻孔から腫瘍の摘出を行う「経鼻的経蝶形骨的下垂体腫瘍摘出術」という方法で手術を行っています (当院は日本間脳下垂体腫瘍学会による経蝶形骨下垂体手術見学実習可能施設 の1つです)。 この摘出法は従来の上口唇の裏側の歯肉部を切開する方法に比べ、術後に口腔・鼻腔内の違和感が少ないという利点があり、当院では1998年より採用しています(通算1500例以上)。
この手術では、鼻腔という極めて限られた狭い空間の中で、頭蓋内でも最も深いところに対して繊細な操作を行わなければなりません。 脳神経外科領域の中でも、内視鏡を用いて手術を行うという点で特殊な部類に入る手術です。 この手術に対応した特別な手術器具が必要で、術者の熟練度が手術の結果に大きく影響します。 また‘見るため‘の道具である光学機器の進歩は近年目覚しいものがあり、この手術にも様々な革新をもたらしました。 ハイビジョンTVと同様に内視鏡にもハイビジョン技術が取り入れられ、当科では2011年にハイビジョンタイプの内視鏡を導入しました。 ハイビジョン内視鏡は従来型の約7倍の解像度を誇り、手術中に微細な構造物が鮮明に視認できるようになりました。 その結果、腫瘍摘出の積極性・確実性、機能温存性、安全性が飛躍的に向上しました。
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ハイビジョン内視鏡
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手術風景
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1: 非機能性下垂体腺腫摘出時の菲薄化した正常下垂体の温存 2: 正常下垂体からの成長ホルモン産生下垂体腺腫の剥離 3: 腫瘍摘出後の温存した血管と視神経 4: 腫瘍(頭蓋咽頭腫)、視神経と微小栄養血管
手術の際にはナビゲーションシステム(図1)を併用して手術を行っています。これはカーナビゲーションのように現在位置(操作位置)を3次元的にリアルタイムに確認できるもので、周囲構造物を傷つけることなく、より安全・確実に腫瘍の摘出を行うことができます。また内視鏡下経鼻手術では狭く深い術野でも操作可能な専用の道具が不可欠ですが、当科で独自に開発した器具(図2)を使用して効率的な手術を行っています。更には再発を繰り返し複数回の手術で腫瘍摘出が困難な方に対しては術中MRIを用いて(図3)腫瘍を摘出する場合もあります。
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【手術後に起こりうる合併症】
髄液漏
脳は豆腐のように水(髄液)に浮いた状態で頭蓋骨の中におさまっています。 下垂体は脳の底の部分に位置しているため、腫瘍摘出中に腫瘍と髄液を隔てている‘くも膜’に穴が開き鼻腔と交通することによって、 髄液漏(髄液が頭蓋外に漏出してしまうこと)が高率で生じます。 腫瘍を積極的に摘出しようとすればするほど必然的に術中髄液漏がおきる可能性は高くなり、逆に髄液漏の発生を恐れていては腫瘍を積極的に摘出することはできません。 しかしながら術後にも髄液漏(髄膜炎、頭痛、発熱などの症状が出現し、日常生活に支障をきたします。)が引き続き起きることがないように、 手術の際には完璧に髄液瘻部を修復する必要があります。 特殊な糊で固めたり、腹部より脂肪を採取して充填したり、硬膜を縫合したり、当科ではその他にも様々な工夫を積み重ね、術後髄液漏の問題はほぼ克服できたと考えています。 もし術後髄液漏が起きた場合には、安静で軽快することもありますが、基本的には再度髄液漏の修復手術を行うことになります。 従って術後髄液漏が起きないように、手術の日から1か月間は鼻をかんだり、すすったり、重いものを持ったり、力んだりすることは禁止です。
手術中、手術後の出血・脳梗塞
下垂体は左右の内頚動脈(脳に栄養を与える最も太い血管)に挟まれた場所にあります。腫瘍がこの内頸動脈に浸潤し血管壁が弱くなっていると手術操作中に出血を起こしたり、手術後この部分の動脈に瘤ができて破裂し大量出血を来すことがあります。またそもそも下垂体腫瘍は腫瘍そのものの中に出血をきたしやすいことが知られています。手術中は完全な止血を確認した後に手術を終了しますが、何らかの原因で手術後に再出血をきたし血腫ができることがあります。通常出血は少量で血腫は自然に吸収されますが、ときに脳や神経への圧迫症状(視力視野障害、片麻痺、意識障害など)が出現し、血腫除去のために再手術が必要になることもあります。また非常に稀ですが、術後に下垂体とは離れた脳の隙間や脳内に出血をきたしたり、血管が縮んで脳梗塞を起こすこともあります。
下垂体機能障害
手術前の検査で下垂体機能が正常な場合でも、術後下垂体ホルモンの低下症状が出現する場合があります。当科では如何に正常の下垂体を見極め、温存することができるかに細心の注意を払って手術を行っています。しかし腫瘍により長期間圧迫されて弱っている下垂体は細心の手術操作を行ったにも関わらずダメージを受けてしまう場合があります。このような機能低下は,多くの場合一過性ですが、時には永続的に下垂体機能が低下する場合もあります。特に抗利尿ホルモン(尿の量を調節するホルモン)は低下しやすく、その結果尿崩症といって尿が大量に出てしまう状態になります。その他には、成長ホルモン、副腎皮質ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモンなども術後に低下しやすいホルモンです。当科では、術後に必ず内分泌内科で下垂体の機能を詳細に評価してもらい、必要であればホルモンの補充療法を行います。
視力・視野障害の増悪/複視
下垂体機能と同様、腫瘍により長期間圧迫されて弱っている視神経は細心の注意を払って摘出操作を行ったにも関わらず機能が低下する場合があります。術後腫瘍摘出腔内に出血をきたし、視神経に対する圧迫が強まった場合にも視力視野障害が増悪することがあります。また視神経そのものは温存できても、腫瘍が強く視神経に癒着していた場合や視神経に栄養を与える微小血管が腫瘍と一緒に摘出された場合には極度に視機能は低下します。
腫瘍が海綿静脈洞内に侵潤している場合、その部位の腫瘍摘出を積極的に行うと一時的に複視、羞明、眼瞼下垂などの症状が出ることがあります。これは海綿静脈洞内を走行している動眼神経、滑車神経、外転神経などの眼球の動きを支配する非常に繊細な神経が腫瘍摘出操作の影響を受けるために起きます。しかし神経が完全に損傷されるわけではなく、早い方で数日から1週間、長い方でも3ヶ月くらいで症状は回復します。
感染症
手術の際に無菌状態での操作を心掛けていても、術中に微生物の侵入を完全に防ぐことは現在の医学水準では困難で、術中・術後に抗生物質を投与します。 大多数の患者さんでは無菌操作・抗生剤投与により術後感染の問題は生じませんが、免疫力が低下していたり、 抗生剤の効き目が悪かったりすると術後、細菌性髄膜炎、脳炎、脳膿瘍などの感染症を引き起こすことがあります。 多くの場合はより効果の強い抗生剤を長期投与することで完治しますが、稀に抗生剤が効かない特殊な菌により重篤化することがあります。
鼻腔のトラブル
下垂体への到達経路として鼻腔を用いるため、通常手術後しばらく(1-2週間、長くて1ヶ月)は臭いを感じません。 鼻粘膜の修復に伴い嗅覚は戻りますが、稀に1-2ヶ月間変な臭いが続くという方もいます。 また鼻腔内に炎症(副鼻腔炎)をきたしたり、鼻出血(鼻粘膜が再生し、血管が新生してくる2週間から1か月の間)をきたしたりして、 耳鼻科的な処置が必要となることもあります。
頭痛
術後の頭痛の程度は個人差がありますが、大抵は‘鼻の奥が重い感じの痛み‘で治まることが多いようです。もし痛みに耐えられない場合には適宜鎮痛剤を使用します。
潜在的な疾患の顕在化
不整脈、虚血性心疾患、弁疾患、脳梗塞、糖尿病、高血圧、肺気腫、喘息、胃潰瘍、パーキンソン病、内分泌疾患、精神疾患など、これまで症状として出ていなかった疾患が手術を契機として発症することがあります。また患者さんがこれまでに既往疾患として持っている病気が、手術を契機にして重症化することもあります。特にご高齢の方は動脈硬化による様々な合併症が起こりうる可能性をご承知おきください。
静脈血栓症
術中・術後の長時間の臥床により静脈内に血栓が生じ、時には肺塞栓症など命に関わる状態に陥ることがあります。防止策として当科では弾性ストッキングの着用をお願いしています。
その他の予想外の合併症
非常に稀ですが、我々の想像を超えた合併症が発生する可能性はどんな手術でもありえます。 厳重な術中・術後管理を行って合併症の発生を防止するよう努力していますが、残念ながらどんなに努力をしても予測できない事態が生じることはあります。 合併症によっては最悪の場合は死亡したり、重い後遺症を生じたりする可能性もあります。
(文責: 天野 耕作 / 間脳下垂体腫瘍学会評議員、内分泌学会専門医・代議員、
神経内視鏡学会評議員・技術認定医委員)
*下垂体腫瘍外来: 第一・三・五火曜日、毎週金曜日
(学会などで休診となる日もあります。外来予約センターにお問い合わせください。)
*You Tubeで手術の様子が観られます。
‘経鼻的下垂体腫瘍摘出術’で検索してみてください。
*メールでの相談も受け付けております。下記メールアドレスまでどうぞ。また初診で予約困難な場合もメールで連絡をください。
Mail: kamano.pit@gmail.com