髄膜腫
担当医
脳を覆っている膜から発生する腫瘍で、脳や血管などの構造物を圧迫しながら大きくなっていく腫瘍です。時に浸潤性に大きくなっていくことがあります。最近は、頭痛や頭部外傷、脳ドックなどでCTやMRIなどの画像診断を受けて、無症状で見つかる場合も増えてきました。症状がある場合は積極的な治療を要することが多いですが、無症状で偶然見つかった場合は、個々に応じた判断・対応を必要とします。
原因
発生原因は分かっていません。女性に多く、男性の倍と言われています。女性特有の乳がんや子宮筋腫と合併する場合もあることから性ホルモンとの関係が示唆されています。小児では極めてめずらしい腫瘍です。一部、髄膜腫の他にもいろいろな腫瘍が多発して合併する神経線維腫症タイプ2という病気があります。これは、22番染色体の変異が原因と考えられ、髄膜腫の発生にも関係していると考えられています。
特徴と検査
腫瘍は、脳を包む膜から発生して脳や神経、血管などを圧迫して症状を出すことになります。腫瘍は発生する部位によって分類されます。例えば、視神経のそばの硬膜(トルコ鞍結節部)から発生する髄膜腫は、視神経を圧迫するために視野障害の症状が出やすく、小さいうちに発見されることがあります。一方、においの神経のそばの硬膜(嗅窩部)では、自覚的には症状として顕在化しにくいため、相当大きくなってから発見されることがあります。痙攣発作は症状として起こりやすいものの一つです。骨の中や外にでてきて皮下に瘤を形成する場合もあります。
CTやMRI検査で診断が可能です。造影剤を使用することでより確実に描出されます。
腫瘍は、基本的には脳の外の硬膜動脈から栄養され、脳の外の硬膜静脈に流れます。小さいうちは腫瘍と脳との間にくも膜が存在し境界が明瞭です。だんだん大きくなると、腫瘍の静脈と脳の静脈が交通したり、脳の動脈から栄養されたりするようになり、くも膜(脳表の膜)を破って脳に浸潤していく場合もあります。こうなると周囲の脳浮腫(脳のむくみ)を合併して症状が出やすくなり、かつ手術難度も上がります。
治療
髄膜腫は残念ながら現時点では薬で治療できるものではありません。治療は、①経過観察、②手術、③定位放射線治療(ガンマナイフ等)があります。髄膜腫は良性の事が多く、全摘出が達成されると再発のリスクや症状発現のリスクを下げることができます。そのため、症状が出ている場合は基本的には手術が第1選択です。場合によっては放射線治療を優先させることもあります。無症状の場合は大きさ、周囲の構造物(神経や血管など)との関係性、周囲脳の浮腫の有無、患者さんの年齢や全身状態、合併症の有無やその状態、内服薬の状況、患者さんの希望など、様々な因子を検討して治療方針を決めていきます。増大スピードが緩徐であったり、数年の経過でも全く大きさが変わらず症状を来さない髄膜腫もありますので、経過観察を行うというのも治療の選択肢の一つです。外科治療をする場合、腫瘍の状況によっては2回に分けて手術をした方が安全なことがあります。また、全摘出を目指さずに意図的に腫瘍を残して放射線治療を組み合わせて行うこともあります。周囲の血管や大事な神経に癒着が強く、剥離操作によりこれらの構造物が損傷してしまうことを防ぐためです。術中に病理学的検査を行い、その結果で摘出範囲や程度を決めることもあります。
髄膜腫の摘出の難易度は腫瘍によって多種多様です。場所、大きさ、周囲の構造物との関係性(神経や血管を巻き込んでいないか、癒着の程度)、腫瘍の硬さ、出血のしやすさ(一般的に髄膜腫は血流の豊富な腫瘍です)と止血のしやすさ、などの因子によって難易度は異なります。したがって、手術経験の豊富な施設での手術が必要です。
手術の摘出率にはシンプソンの分類を用います。これはどれくらい摘出できたのかを示す指標で、これによって再発率が異なります。以下に示すとおりです。
グレード1 | 腫瘍の全摘出と、硬膜付着部、異常な骨を除去したもの |
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グレード2 | 腫瘍の全摘出に、硬膜の付着部を凝固したもの |
グレード3 | 腫瘍は全摘出を行うが、静脈洞や神経・脳に付着した部分をそのままにする |
グレード4 | 部分摘出 |
グレード5 | 単に減圧を行ったもの |
肉眼的に全摘出が達成されても再発することが数から数十パーセントの確率であります。残存腫瘍が大きいほど再発のリスクは高くなります。再発の場合、治療は①再手術、②定位放射線治療(ガンマナイフ等)が考慮されます。髄膜腫の放射線治療の有効性が確認されています。部位や大きさ、その他の条件によっては画像診断から髄膜腫と診断して、手術をせずに定位放射線治療(ガンマナイフ等)を最初から施行することもあります。ただし、定位放射線治療(ガンマナイフ等)の有効性が確認されているといえども、常にどの患者さんに対しても万能ではなく、期待される効果が得られないこともあります。放射線治療後に腫瘍周囲の脳浮腫(むくみ)が強くなったりして追加治療が必要になることがあります。
症状なく発見されて積極的治療をしなかった場合でも治療を行った場合でも、経過観察は必要です。経時的に腫瘍が大きく変化したり、悪性転化することがあり得るからです。手術を行った場合には病理組織の検査をします。髄膜腫は世界保健機関により、良性、非定型、退形成(悪性)の3種類に分類され、さらに全部で15種類に細かく分類されています。当院ではさらに、手術で摘出された髄膜腫について、その増殖能の評価を免疫組織染色のMIB-1 indexという指標で診断します。この値が3%以上ですと再発しやすいと報告されています。
非定型、退形成(悪性)や、良性でもMIB-1indexが高値の腫瘍は長期にわたり頭部MRIを用いて慎重に経過をみる必要があります。
当院での安全性への取り組み
手術はリスクを負うものですが、そのリスクを最小限にするために、当院ではさまざまな機器や手段を用いて安全性向上を図っています。
- 神経機能温存のための神経モニタリング
- ① 運動誘発電位(Motor evoked potentials)
- ② 体性感覚誘発電位(Somatosensory evoked potentials)
- ③ 視覚誘発電位(Visual evoked potentials)
- ④ 眼球運動モニタリング
- ⑤ 下位脳神経モニタリング
- ⑥ 聴性脳幹反応( Auditory Brain-stem Response)
- ⑦ 神経刺激モニタリング(顔面神経など)
- ⑧ ICG(インドシアニングリーン)蛍光造影法を用いた動静脈血流確認
脳腫瘍の外科治療は全身麻酔で行われることが多く、麻酔がかかっている状況下でも患者さんの神経機能が温存されていることを確認するために、神経モニタリングを術中に用いています。腫瘍の大きさや部位により、障害されるリスクのある脳機能が異なりますので、上記のモニタリングの中から必要な組み合わせを選んで中枢神経である脳や、脳幹から発生する脳神経の安全、血流の温存を確認しながら手術を行っています。
当院の手術現場では高度な専門性を持った専任の神経モニタリングスタッフが常駐しているため、以上のモニタリングを行うことで脳神経外科手術の質の向上を図り、安全性の確保を行っています。 - 血流温存のためのハイブリッド手術室
一般的に髄膜腫は血流が豊富な脳腫瘍であり、正常脳への血流を温存しつつ、腫瘍への血流を遮断するということが必要になります。
2014年より、当院ではハイブリッド手術室が開設されました。手術室において脳血管撮影検査と血管内治療が行え、さらに同時に外科治療も行えます。同手術室を使用し、術前塞栓術を併用した腫瘍摘出術や血管構造の確認が術中に必要な難易度の高い腫瘍摘出術を行っております。
また、腫瘍が血管に浸潤していたり、術中に血流遮断が必要となるような場合では、当院ではバイパス術を併用し脳への血流を確保した上で安全な摘出術を行っています。 - ナビゲーションシステム
自動車運転で使用するナビゲーションとコンセプトは同じです。ナビゲーションは今自分がどこにいるのか、目的地まではどのように進めばいいのか、を画像で示してくれます。医療においてもナビゲーションシステムが導入されていますが、どこの病院においても存在するものではありません。予め取得した患者さんの腫瘍や周囲の構造物の情報(画像の情報)をナビゲーションシステムに組み入れることで、術中の患者さんの術野で今、どこの作業をしているのかが画像と連動してナビゲーションに示されるのです。このようにして、目的-つまり、安全に腫瘍を摘出するということが可能になります。
- 放射線治療との協力体制
手術のみで安全な摘出が困難(神経機能や脳血流の温存が困難)と考えられる場合にはガンマナイフなどの放射線治療との併用も考慮した治療方針を選ぶ場合があります。つまり、大事な血管や神経に癒着している腫瘍を意図的に残して手術を終了し、術後に放射線治療を追加することで治療を完結するという方針をとることもあります。
- 術中使用するモニタリング電極
- 視神経や眼球運動神経と腫瘍の位置関係のCISS画像
- 術前診断としてのCISS画像
腫瘍によっては神経を圧迫したり巻き込んでいるものがあり術前のMRIを特別なソフトで画像処理(CISS画像( constructive interference in steady state)を用いて)することで神経や血管との位置関係を3次元で評価し手術の安全性を高めています。
抗てんかん薬について
髄膜腫はその自然歴でも痙攣発作を併発する可能性があり手術後には安全のため抗てんかん薬を点滴投与、必要に応じて内服投与を行う場合があります。
その場合日常生活における注意事項がありますので治療を受けられる方に説明いたします。