(9) コンディショナルノックアウトおよび変異型ノックインマウスを用いたヒストンメチル化制御因子Eed の造血および造血器腫瘍発症機構の解析
造血器腫瘍ではヒストンメチル化の脱制御が数多く見出されており(主な研究テーマ(8))、その中でも転写を抑制する役割をもつヒストンH3の27番目のリジン残基 (H3K27)のトリメチル化修飾(H3K27me3)に我々は着目し、骨髄異形成症候群腫や関連疾患の患者検体192症例のうち6症例(3.1%)で、H3K27me3を制御するPRC2複合体の構成因子EEDに、フレームシフトによる機能欠失やアミノ酸置換を伴う変異を見出した(上図)(Pblication 1)。
この結果から我々は、正常造血と白血病発症におけるEED機能欠失の意義を検証するため、後天的誘導可能にEedの欠失を行えるコンディショナルノックアウト(cKO)マウスを作製し解析を行った。Eed cKOマウスは、ホモ欠失の場合、造血幹細胞は、細胞周期制御やニッチに対する接着機能に異常が起こり、短期間で造血細胞が消失し死亡した。一方ヘテロ欠失の場合、血液細胞に異型性や白血病発症感受性が亢進などの、骨髄異形成症候群に類似した表現型を呈した(上図左: ヘテロ欠失マウスの異型性と白血病ウィルス感染時の生存曲線)。以上から造血幹細胞の分化段階におけるEEDの遺伝子量依存的な造血器腫瘍発症機構が明らかとなった(上図右)(Publication 2)。
さらに我々は、骨髄異形成症候群と関連疾患で見出されたアミノ酸置換を伴う点突然変異、I363MをEEDに導入したノックイン(KI)マウスを作製し解析を行った。I363M変異はH3K27me3に結合する"aromatic cage" 構造の内部におこる変異である。EEDの"aromatic cage" 構造を介したH3K27me3への結合によりPRC2複合体が活性化し、H3K27me3マークが伝搬拡大していくと考えられている。実際にI363M KI ホモマウスの胎児では顕著なH3K27me3の減少が認められ、胎生致死であった。ヘテロマウスのH3K27me3は、ホモマウスと比較すると、穏やかな減少が認められ、誕生後成体まで成長した。成長したヘテロマウスは、白血病発症感受性の亢進が認められた(上図左:白血病ウィルス感染時のヘテロKIマウス生存曲線と白血病所見)。ヘテロマウスの造血幹前駆細胞はコロニー形成能と骨髄再構築能が亢進しており、PRC2複合体の標的遺伝子であるLgal3の発現抑制が解除されることで、幹細胞機能を亢進させることが明らかとなった。このような解析結果から、PRC2複合体によるH3K27me3マークの伝搬拡大にEEDの機能は必須であり、その破綻は、Lgal3の発現抑制解除による造血幹細胞の自己複製能の活性化を介して白血病発症に寄与することが示された(上図右)(Publication 3)。
Publication 1
EED mutants impair polycomb repressive complex 2 in myelodysplastic syndrome
and related neoplasms.
Leukemia. 2012 Dec;26(12):2557-60. doi: 10.1038/leu.2012.146.
Ueda T, Sanada M, Matsui H, Yamasaki N, Honda ZI, Shih LY, Mori H, Inaba
T, Ogawa S, *Honda H.
Publication 2
Maintenance of the functional integrity of mouse hematopoiesis by EED and
promotion of leukemogenesis by EED haploinsufficiency.
Sci Rep. 2016 Jul 19;6:29454. doi: 10.1038/srep29454.
Ikeda K, Ueda T, Yamasaki N, Nakata Y, Sera Y, Nagamachi A, Miyama T, Kobayashi H, Takubo K, Kanai A, Oda H, Wolff L,
Honda Z, Ichinohe T, Matsubara A, Suda T, Inaba T, *Honda H.
Publication 3
Propagation of trimethylated H3K27 regulated by polycomb protein EED is
required for embryogenesis, hematopoietic maintenance, and tumor suppression.
ProcNatl Acad Sci U S A. 2016 Sep 13;113(37):10370-5. doi: 10.1073/pnas.1600070113.
Ueda T, Nakata Y, Nagamachi A, Yamasaki N, Kanai A, Sera Y, Sasaki M, Matsui H, Honda Z, Oda H, Wolff L, Inaba T, Honda H.