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2019年06月11日問題解決力開発-先進の学習法TBL-
思考力と判断力を養う女子医大ならではの実践的な学習法
東京女子医科大学は、日本の医学部で初めて「テュートリアル」を導入したことで知られ、「TBL」という先進の学習法でもリードしている。問題解決力の開発を目的とした2つの学習法をクローズアップしよう。
ICTを駆使した先進の学習法「TBL」
東京女子医大河田町キャンパスの中央校舎9階にある実習室には、レスポンスアナライザーと呼ばれる教育機器が導入されている。大勢の学生が、ディスプレイを見ながらA~Eの選択ボタンが並んだ回答専用の送信機で問題に答えると、その結果がリアルタイムに集計され、グラフ表示されるシステムである。実習室には1学年(100人超)全員が同時に学習できるデスクが配置され、それぞれのデスクには収納可能な上下可動式のディスプレイがずらりと並んでいる。女子医大では、このレスポンスアナライザーを活用したTBL(Team-based learning)という授業を行っている。TBLは、大人数の授業でも学生が能動的に考えるように工夫された学習法で、近年、日本の医科大・医学部でも導入されつつある。女子医大も4年次の学生を対象に、臨床的思考力の修得を目的として2008年からTBLをスタートさせた。さらにレスポンスアナライザーを活用することにより、能動的な授業であるTBLをさらに能動的にしているのが大きな特徴である。
昨年9月中旬に行われたTBLをのぞいてみよう。実習室に集まった学生たちは、6~7人ずつの16チームに分かれて着席。まず、出欠確認とリハーサルを兼ねて時事問題が出された。「現在の厚生労働大臣はだれか」という設問と、「A.小泉純一郎 B.塩崎恭久 C.下村博文 D.田村憲久 E.長妻昭」という5つの選択肢がディスプレイに表示されると、室内には「えーっ?」と大きなどよめきが起こった。
学生が送信機のAのボタンを選択すると、教員のパソコンにはその回答が青で示される。同様にBは緑、Cは黄、Dはオレンジ、Eは赤で表示される。さすがにA(小泉純一郎)の回答はなかったが、正解のBのほか、C、D、Eとの回答も散見された。
診断しているような臨場感がある
いよいよ本番開始。「腹痛の神経生理について正しいのはどれか」という問題が出された。問題は事前に知らされていた学習項目に即した内容で、いかに予習してきたかが問われる。各自が2分以内に送信機で回答。この間、何も見てはいけない。回答後、ディスプレイを下げてデスクをフラットにし、チームごとに学生が
向かい合って討論を開始。このときは教科書のほかノートや資料を見てもよい。20分間の討論を経て、チームとしての回答が出された。個人回答ではE(赤)が最も多かったものの、A、B、C、Dの選択もあり、回答はバラけていた。が、チーム回答では15チームがEを、1チームがDを選択し、A、B、Cを選択したチームはなかった。討論によって意見が収れんしていったことが分かる。その後、数チームの代表者が回答理由などについて意見を述べ合い、最後に教員が解答(E)を明らかにし、その解説を行った。
TBLはこのように、個人テスト・回答→チーム討論・回答→チーム間討論→解答・解説という流れを繰り返しながら進められる。学生たちは症例に関する問題を、個人だけでなくチーム内、チーム間で解決するとともに、教員の解説によってさらに理解を深めていく。5年次からの臨床実習前にTBLで臨床推論学習を行うことは、極めて有効だといえよう。
この日のTBLの進行役を務めた消化器内視鏡科の中村真一教授は、「レスポンスアナライザーによるTBLはスピード感があり、短時間に適切な判断をしなければならない医師を育成するのに適した教育法です」と、TBLの有用性を語る。学生たちはTBLを、「適度な緊張感とテンポがよい」、「討論後すぐに解説があるので理解が深まる」、「実際に診断しているような臨場感がある」などと評している。女子医大では2013年から、1年次の授業でも生理学学習の一環としてTBLを導入していることが特筆される。
学び方を学ぶ「テュートリアル」
TBLは問題解決力を養うための実践的な学習法といえるが、女子医大における問題解決力開発の歴史は、全国の医科大・医学部に先駆けて1990年にテュートリアルを導入したことに始まる。テュートリアルは、学生自らが問題点を見つけ、解決法を探る自己主導型の学習法で、6~8人の少人数グループで討論しながらより確実な解決法を導き出していくのが特徴だ。グループにはテュータと呼ばれる教員が1人加わるが、助言をするだけである。
講義では知識を、実習では技術を修得するが、テュートリアルでは学び方(態度)を学ぶ。テュータ役の一人、医学部生物学の松下晋准教授はテュートリアルのメリットを次のように語る。「医学は日進月歩で進化するため、医師は常に新しい知識に接するよう自学自習が求められます。テュートリアルには、そうした能力と習慣を身につける狙いがあります。自ら学んだことはより身につき、実践に応用できる知識となります」。
女子医大では、学年が進むにつれて“入門”から“学習項目発見”、“診療問題解決”へと内容が進化していく「累進型テュートリアル」を実践しているのが特徴の一つである。そして、1年次から4年次まで講義・実習とともにテュートリアルが行われ、カリキュラム全体の約4分の1をテュートリアルが占めている。
「現在、国内80大学の医学部のうちテュートリアルを導入しているのは76校を数えますが、1年次から4年次まで4年間完全な形で実施しているのは当校を含めてわずか3校だけです」と、医学教育学の大久保由美子講師は女子医大のテュートリアルの充実ぶりを強調する。
女子同士だから本音で話し合える
テュートリアルは、提示された事例(課題シート)から疑問点や学習項目をグループで話し合って抽出し、それらについて各自が図書館などで調べて理解したことをノートにまとめる。それを次のテュートリアルセッションでお互いに報告し合い、討論しながら理解を深めるとともに、新たな疑問点や学習項目を見つける。そうした流れで授業が展開され、最後に学習状況を振り返り、評価が行われる。
テュートリアルに対して1年次の学生たちからは、「高校時代は討論するという機会がほとんどなかったのでとても新鮮」、「テュートリアルは講義より楽しく、学習意欲がわく」、「講義で習ったことをベースとした課題に取り組むので発展性があり、知識が身につく」といった声が聞かれた。毎年秋に開催される学園祭では、公開テュートリアルが恒例となっている。100人超が座れる中央校舎5階の教室を会場にして、3年次学生の1グループが実際の授業と同じようにテュートリアルを行う。昨年も、会場はたくさんの女子高生やそのご家族で埋め尽くされた。
山梨から駆けつけた女子高生は、「本音で話し合いながら討論されていて、発言しづらいという雰囲気はありませんでした。それは女子同士だからかもしれません。女子だけで何でも解決していかなければならないので、女子医大のほうが他の大学より成長できそうな気がします」という。彼女の母親も、「患者さんに寄り添う医師というのは、こうして養成されていくんですね。一人ひとりの学生の観点が違うため学ぶことがそれだけ多くなり、講義で勉強することが少なくなってしまうのではないか、という不安も払拭できました」と語ってくれた。
「Sincere(シンシア)」5号(2016年1月発行)
東京女子医科大学は、日本の医学部で初めて「テュートリアル」を導入したことで知られ、「TBL」という先進の学習法でもリードしている。問題解決力の開発を目的とした2つの学習法をクローズアップしよう。
問題回答専用の送信機。 |
チームでの討論風景。 |
東京女子医大河田町キャンパスの中央校舎9階にある実習室には、レスポンスアナライザーと呼ばれる教育機器が導入されている。大勢の学生が、ディスプレイを見ながらA~Eの選択ボタンが並んだ回答専用の送信機で問題に答えると、その結果がリアルタイムに集計され、グラフ表示されるシステムである。実習室には1学年(100人超)全員が同時に学習できるデスクが配置され、それぞれのデスクには収納可能な上下可動式のディスプレイがずらりと並んでいる。女子医大では、このレスポンスアナライザーを活用したTBL(Team-based learning)という授業を行っている。TBLは、大人数の授業でも学生が能動的に考えるように工夫された学習法で、近年、日本の医科大・医学部でも導入されつつある。女子医大も4年次の学生を対象に、臨床的思考力の修得を目的として2008年からTBLをスタートさせた。さらにレスポンスアナライザーを活用することにより、能動的な授業であるTBLをさらに能動的にしているのが大きな特徴である。
昨年9月中旬に行われたTBLをのぞいてみよう。実習室に集まった学生たちは、6~7人ずつの16チームに分かれて着席。まず、出欠確認とリハーサルを兼ねて時事問題が出された。「現在の厚生労働大臣はだれか」という設問と、「A.小泉純一郎 B.塩崎恭久 C.下村博文 D.田村憲久 E.長妻昭」という5つの選択肢がディスプレイに表示されると、室内には「えーっ?」と大きなどよめきが起こった。
学生が送信機のAのボタンを選択すると、教員のパソコンにはその回答が青で示される。同様にBは緑、Cは黄、Dはオレンジ、Eは赤で表示される。さすがにA(小泉純一郎)の回答はなかったが、正解のBのほか、C、D、Eとの回答も散見された。
診断しているような臨場感がある
いよいよ本番開始。「腹痛の神経生理について正しいのはどれか」という問題が出された。問題は事前に知らされていた学習項目に即した内容で、いかに予習してきたかが問われる。各自が2分以内に送信機で回答。この間、何も見てはいけない。回答後、ディスプレイを下げてデスクをフラットにし、チームごとに学生が
向かい合って討論を開始。このときは教科書のほかノートや資料を見てもよい。20分間の討論を経て、チームとしての回答が出された。個人回答ではE(赤)が最も多かったものの、A、B、C、Dの選択もあり、回答はバラけていた。が、チーム回答では15チームがEを、1チームがDを選択し、A、B、Cを選択したチームはなかった。討論によって意見が収れんしていったことが分かる。その後、数チームの代表者が回答理由などについて意見を述べ合い、最後に教員が解答(E)を明らかにし、その解説を行った。
TBLはこのように、個人テスト・回答→チーム討論・回答→チーム間討論→解答・解説という流れを繰り返しながら進められる。学生たちは症例に関する問題を、個人だけでなくチーム内、チーム間で解決するとともに、教員の解説によってさらに理解を深めていく。5年次からの臨床実習前にTBLで臨床推論学習を行うことは、極めて有効だといえよう。
この日のTBLの進行役を務めた消化器内視鏡科の中村真一教授は、「レスポンスアナライザーによるTBLはスピード感があり、短時間に適切な判断をしなければならない医師を育成するのに適した教育法です」と、TBLの有用性を語る。学生たちはTBLを、「適度な緊張感とテンポがよい」、「討論後すぐに解説があるので理解が深まる」、「実際に診断しているような臨場感がある」などと評している。女子医大では2013年から、1年次の授業でも生理学学習の一環としてTBLを導入していることが特筆される。
1年次の学生にもTBLの授業が行われている。 | チーム討論ではメンバーがより接近して資料をのぞき込むシーンも。 |
学び方を学ぶ「テュートリアル」
TBLは問題解決力を養うための実践的な学習法といえるが、女子医大における問題解決力開発の歴史は、全国の医科大・医学部に先駆けて1990年にテュートリアルを導入したことに始まる。テュートリアルは、学生自らが問題点を見つけ、解決法を探る自己主導型の学習法で、6~8人の少人数グループで討論しながらより確実な解決法を導き出していくのが特徴だ。グループにはテュータと呼ばれる教員が1人加わるが、助言をするだけである。
講義では知識を、実習では技術を修得するが、テュートリアルでは学び方(態度)を学ぶ。テュータ役の一人、医学部生物学の松下晋准教授はテュートリアルのメリットを次のように語る。「医学は日進月歩で進化するため、医師は常に新しい知識に接するよう自学自習が求められます。テュートリアルには、そうした能力と習慣を身につける狙いがあります。自ら学んだことはより身につき、実践に応用できる知識となります」。
女子医大では、学年が進むにつれて“入門”から“学習項目発見”、“診療問題解決”へと内容が進化していく「累進型テュートリアル」を実践しているのが特徴の一つである。そして、1年次から4年次まで講義・実習とともにテュートリアルが行われ、カリキュラム全体の約4分の1をテュートリアルが占めている。
「現在、国内80大学の医学部のうちテュートリアルを導入しているのは76校を数えますが、1年次から4年次まで4年間完全な形で実施しているのは当校を含めてわずか3校だけです」と、医学教育学の大久保由美子講師は女子医大のテュートリアルの充実ぶりを強調する。
少人数で討論が繰り広げられるテュートリアルの授業風景。 | 八角形に組まれた机が特徴のテュートリアル専用ルーム。 |
女子同士だから本音で話し合える
視察室からはハーフミラー越しに テュートリアルを見学できる。 |
テュートリアルは、提示された事例(課題シート)から疑問点や学習項目をグループで話し合って抽出し、それらについて各自が図書館などで調べて理解したことをノートにまとめる。それを次のテュートリアルセッションでお互いに報告し合い、討論しながら理解を深めるとともに、新たな疑問点や学習項目を見つける。そうした流れで授業が展開され、最後に学習状況を振り返り、評価が行われる。
テュートリアルに対して1年次の学生たちからは、「高校時代は討論するという機会がほとんどなかったのでとても新鮮」、「テュートリアルは講義より楽しく、学習意欲がわく」、「講義で習ったことをベースとした課題に取り組むので発展性があり、知識が身につく」といった声が聞かれた。毎年秋に開催される学園祭では、公開テュートリアルが恒例となっている。100人超が座れる中央校舎5階の教室を会場にして、3年次学生の1グループが実際の授業と同じようにテュートリアルを行う。昨年も、会場はたくさんの女子高生やそのご家族で埋め尽くされた。
山梨から駆けつけた女子高生は、「本音で話し合いながら討論されていて、発言しづらいという雰囲気はありませんでした。それは女子同士だからかもしれません。女子だけで何でも解決していかなければならないので、女子医大のほうが他の大学より成長できそうな気がします」という。彼女の母親も、「患者さんに寄り添う医師というのは、こうして養成されていくんですね。一人ひとりの学生の観点が違うため学ぶことがそれだけ多くなり、講義で勉強することが少なくなってしまうのではないか、という不安も払拭できました」と語ってくれた。
昨年の学園祭での公開テュートリアルの模様。会場には受験志望の女子高生やそのご家族がたくさん詰めかけた。 |
「Sincere(シンシア)」5号(2016年1月発行)