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2017年08月31日眼科――世界が注目する加齢黄斑変性の先進治療
加齢黄斑変性をはじめとする黄斑疾患の先進的な診断・治療に世界が注目!
目の奥に位置する黄斑は、視力をつかさどる重要な部分であるが、以前は眼科医でさえ触れることのできない場所だった。この黄斑部の疾患に関する診療で、国内はもとより世界からも注目されているのが、東京女子医科大学病院の眼科である。
加齢黄斑変性と診断されたビジネスマン
IT関連の仕事をしているIさん(男性)は、2013年の夏頃からなんとなくモノが見づらいと感じるようになった。1年後、「明らかに異常をきたしている」と思い、都内にある自宅から最寄りの総合病院へ駆け込んだ。右目をつぶって新聞を目にしたとき、文字がにじんだような感じに見えたからだ。
だが、検査をしてもはっきりとした診断は下されなかった。Iさんは再三再四、症状を訴え、検査を繰り返したところ、加齢黄斑変性の疑いがあるとのことで、その診療に定評のある女子医大病院を紹介された。
2014年10月、女子医大病院で診察を受けたIさんは、やはり左目に加齢黄斑変性を発症していたことが判明。ただちに、眼球内に薬を注射する抗VEGF療法という治療が開始された。これによりIさんは、にじんだように見えていた部分がクリアになり、視力を回復させることができた。
目の奥に位置する黄斑は、視力をつかさどる重要な部分であるが、以前は眼科医でさえ触れることのできない場所だった。この黄斑部の疾患に関する診療で、国内はもとより世界からも注目されているのが、東京女子医科大学病院の眼科である。
加齢黄斑変性と診断されたビジネスマン
IT関連の仕事をしているIさん(男性)は、2013年の夏頃からなんとなくモノが見づらいと感じるようになった。1年後、「明らかに異常をきたしている」と思い、都内にある自宅から最寄りの総合病院へ駆け込んだ。右目をつぶって新聞を目にしたとき、文字がにじんだような感じに見えたからだ。
だが、検査をしてもはっきりとした診断は下されなかった。Iさんは再三再四、症状を訴え、検査を繰り返したところ、加齢黄斑変性の疑いがあるとのことで、その診療に定評のある女子医大病院を紹介された。
2014年10月、女子医大病院で診察を受けたIさんは、やはり左目に加齢黄斑変性を発症していたことが判明。ただちに、眼球内に薬を注射する抗VEGF療法という治療が開始された。これによりIさんは、にじんだように見えていた部分がクリアになり、視力を回復させることができた。
人間の目は小さいながら、非常に複雑で精巧なシステムを持つ器官である(イラスト参照)。光の情報は角膜から瞳孔、水晶体、硝子体を経て、眼球壁の内側にある網膜に投影され、その情報が視神経を通じて脳に伝えられることによって映像として認識される。カメラに例えると、水晶体がレンズ、網膜がフィルムの役割を果たしていることになる。
網膜のほぼ中央に位置しているのが黄斑であり、モノの大きさや形、色、距離など光の情報のほとんどがここで識別される。つまり、視力をつかさどっているわけだ。したがって、黄斑部に異常が発生すると視力の低下を招く。黄斑部中央には、視力を決定づける最も重要な中心窩がある。この中心窩は直径0.5㎜にも満たない小さなくぼみだが、ここに異常をきたすとさらに深刻な視力の低下につながることになる。
60歳以上の失明原因のトップが加齢黄斑変性
加齢黄斑変性は、文字どおり加齢などによって黄斑部に異常が生じる病気である。目の病気といえば、白内障や緑内障などがよく知られているが、加齢黄斑変性も近年、認知度が高まりつつある。黄斑疾患の権威者である女子医大病院眼科の飯田知弘教授は次のように話す。
「僕が眼科医になった30年前、日本ではまだ加齢黄斑変性がほとんど認識されていませんでした。病名も、黄斑部が円盤のようになることから“老人性円盤状黄斑変性”と呼ばれていたくらいです。ところが、欧米では加齢黄斑変性が失明の主な原因になっており、その診療が重要視されていました。僕はその当時から加齢黄斑変性と向き合い、啓発してきましたが、今のように広く認識されるようになったのはここ数年のことです」。
実際、日本でも加齢黄斑変性が視覚障害の原因の第4位を占め、60歳以上の高齢者の失明原因では第1位となっている。患者数はすでに70万人超にのぼり、50歳以上の約60人に1人の割合で疾患が見られるという。
発症要因は加齢のほか、食生活の欧米化や喫煙、目が太陽やパソコンの光線にさらされる機会の増加などがあげられる。冒頭のIさんも愛煙家で、1日13時間くらいパソコンに向かう生活を何年も続けてきた。そのうえ、スキューバダイビングのインストラクターとして人一倍、太陽光に接してきたという。Iさんは、「こうしたことが重なって、加齢とともに黄斑がダメージを受けたのでしょう」と自己分析する。
眼球注射療法の登場で治療成績が劇的に向上
加齢黄斑変性には「滲出型」と「萎縮型」の2つのタイプがある。滲出型は、網膜の外側にある脈絡膜から異常な血管(新生血管)が発生して網膜側に伸びてくるタイプである。新生血管は非常にもろいため、血液や水分が滲出して黄斑が機能障害を起こし、発症すると視界の中心部が暗くなったり、ゆがんだり、ぼやけて見えるようになり、急速に症状が進行して視力が低下していく。日本人の加齢黄斑変性は、ほとんどがこのタイプである。一方、萎縮型は加齢とともに黄斑の組織が徐々に萎縮していくタイプで、欧米の白人に発症が多い。進行は緩やかだが、有効な治療法はまだ確立されていない。
「1990年代前半にインドシアニングリーン蛍光眼底造影という検査が行えるようになってから、新生血管が検出できるようになり、加齢黄斑変性の診断がしやすくなりました。同時に、日本人の加齢黄斑変性の病像が欧米人のそれとは違うことが分かってきました。当然、治療法も違ってくるわけです」と飯田教授は振り返る。
では、滲出型の加齢黄斑変性に対する治療法にはどのようなものがあるのだろうか。その歴史をたどってみよう。
最初に行われたのは、レーザーを新生血管に照射して焼きつぶす「レーザー光凝固」という治療法だ。だが、この治療法は新生血管が中心窩に及んでいない場合に限られた。中心窩に及んでいる新生血管をレーザー
で焼くと、かえって見えなくなってしまうケースがあるからだ。次に、新生血管を摘出したり黄斑を移動するなどの手術の時代を経て、2004年から「光線力学的療法(PDT)」が導入された。これは、薬剤と弱いレーザーを併用して新生血管を破壊するという方法である。
そして2008年から、Iさんも受けている「抗VEGF療法」の時代となった。VEGF(血管内皮増殖因子)は新生血管の発生や成長を促す物質であり、これを抑える抗VEGF薬を眼球に注射して新生血管を退縮させるという治療法である。
「アメリカで2004年に発表された抗VEGF療法の治験成績が、あまりにも良かったのでびっくりしたものです。日本で抗VEGF療法を始めた当初は、『マクジェン』という薬を使っていましたが、『ルセンティス』という薬を使い始めた2009年から、治療成績が劇的に良くなりました。その意味で、抗VEGF療法が本格化したのは2009年からといってよいでしょう。さらに2012年からは『アイリーア』という薬が登場し、それまで抵抗性を示していたタイプの黄斑変性にも効くようになりまし
た。症状の悪化を抑えるだけでなく、視力を改善させる効果もあることが大きいですね」と、飯田教授は抗VEGF療法のメリットを指摘する。
個々の患者さんの症状に応じた個別化治療を実践
いくら視力の改善が期待できるといっても、眼球に薬を注射するとなると、おじけづいてしまう人がほとんどだろう。Iさんも、「目に注射をすると聞いたときは、恐怖感から正直、ビビりました」という。「覚悟を決めて治療に臨みましたが、麻酔が効いていて痛みはまったくなく、注射はあっというまに終わりました」と も。
Iさんは2014年10月から15年1月まで毎月1回、それ以降は2か月に1回のペースで抗VEGF薬の注射を受けてきた。最初の注射で効果を実感したIさんは、3回目の注射で「視力が戻ってきた」と感じたとか。その後も順調な経過をたどっていることから、今後は注射のペースが3か月に1回になる予定だ。女子医大病院ではこのように、薬の効果を確認しながら個々の患者さんの症状に応じて注射の間隔を変える“個別化治療”を行っている。
「眼球注射は何度やっても緊張しますが、抗VEGF療法に出会えたことはとてもラッキーでした。目が見えなくなる場合を想定していましたが、視力が回復したのですから…」と笑みを浮かべるIさんは、さらに言葉を続けて「加齢黄斑変性は早期発見が大事。片目でモノを見て変だと思ったら、すぐに検査を受けるべきです。発症しても抗VEGF療法という優れた治療法がありますから、決してあきらめないことです」と、同じ症状を持つ人たちへのアドバイスを語ってくれた。
眼底深部まで検査できる最先端の装置を活用
現在、女子医大病院では加齢黄斑変性の患者さんのほとんどに抗VEGF薬による治療法を提供している。その実施件数は優に年間2,000件にも及ぶ。もちろんこの数は日本の病院の中でトップを行くものである。患者さんは首都圏のみならず、東北や中部、関西、さらに遠く山口県からも訪れてくる人がいるという。そういう人た
ちの多くが紹介患者さんであることも大きな特徴だ。女子医大病院が加齢黄斑変性の診療で絶大な信頼を得ていることを物語っている。
飯田教授は、「治療データは世界へ発信し、この分野の論文は欧米の学会誌にも掲載されるなど世界最高水準の研究成果をあげています」と胸を張る。
加齢黄斑変性を含めた黄斑疾患の検査において、最先端のOCT(光干渉断層計)を駆使していることも特筆すべき点である。OCTは非侵襲的に眼底を検査できる装置で、日本では1997年から導入された。その第一号を使い始めたのが飯田教授にほかならない。飯田教授は、網膜だけでなく脈絡膜などの眼底深部まで診断できる高解像度OCTのプロトタイプ開発にも関わってきた。現在、女子医大病院ではこのプロトタイプを含め、最も進化したOCTを5台有しているが、これだけの台数を備えている病院はほかにはない。
こうしたOCTは、前述した加齢黄斑変性患者さんの“個別化治療”にも大きく貢献している。抗VEGF薬の注射を行うごとに、その効果をOCTで繰り返し検査することにより、個々の患者さんに適した治療パターン(注射をする間隔)を見いだすことができるわけだ。
高解像度OCTは、黄斑疾患の診断精度をより高めていることはいうまでもない。それらの診断データは黄斑疾患に関する研究成果とともに学会や欧文専門誌に報告され、世界中から注目を集めている。
黄斑疾患の外科的治療でも他の病院をリード
女子医大病院西病棟Bの2階第4手術室。昨年10月下旬のある日、眼科専用のこの手術室で午前9時過ぎから数件の手術が行われた。最初の2件は白内障の手術。いずれも麻酔を打ってから手術が終わるまでの時間は20
分程度だった。
10時50分過ぎ、3件目の手術患者さんが入室。76歳の男性で、病名は黄斑前膜。網膜の手前に膜が張り、黄斑がそれにさえぎられてモノがゆがんで見え、視力が低下する病気である。その膜を手術によって剥がすのだ。執刀するのは飯田教授。小さな眼球の深部にある膜を、一体どのように剥がすのか。しかも、その膜はわずか3~4ミクロン(1,000分の3~4㎜)の薄さだという。臨床実習のためスタッフと一緒に入室していた医学部の学生たちも興味津々の様子だ。
室内に小田和正の澄んだ歌声がBGMとして流れる中、11時5分に手術がスタートした。眼球にメスを入れ、硝子体の切除と網膜に張り付いた膜を剥がすために、カッターと鑷子(ピンセット)、ライトガイドを通す小さな穴が3か所あけられる。腹腔鏡下手術と同じ要領といってよいだろう。そして、カッターが穴に入れられた。1分間に5,000回転という高速回転の
カッターが、硝子体の後部を削り取っていく。硝子体は切除しても、視覚に直接的な影響はないという。
飯田教授の合図で、室内の照明が落とされた。いよいよ前膜を剥がす場面である。極薄の膜を丁寧に剥がしていくためには、患部がより鮮明に見えなくてはならない。周りの照明を暗くするのもうなずける。鑷子が穴に挿入され、前膜が剥がされ始めた。その様子がモニターに映し出され、病変が取り除かれていくのが実感として伝わってくる。
ふと飯田教授の手許を見ると、鑷子を手にした指先はほとんど静止しているといってもよいほどの微妙な動きしかしていない。まさに“神ワザ”である。「そろそろ終わりますよ」と、局所麻酔の患者さんに飯田教授が声をかけ、手術が終了したのは11時40分。スタートしてからわずか35分しか経っていない。1時間以上はかかるだろうと思っていただけに、拍子抜けするほどの短時間にも驚嘆した。
このように、女子医大病院の眼科は黄斑前膜や黄斑円孔(黄斑の中心窩に穴があき視力が低下する病気)などの黄斑疾患に対しても、高度な外科的治療を提供しているのである。
「Sincere(シンシア)」5号(2016年1月発行)
網膜のほぼ中央に位置しているのが黄斑であり、モノの大きさや形、色、距離など光の情報のほとんどがここで識別される。つまり、視力をつかさどっているわけだ。したがって、黄斑部に異常が発生すると視力の低下を招く。黄斑部中央には、視力を決定づける最も重要な中心窩がある。この中心窩は直径0.5㎜にも満たない小さなくぼみだが、ここに異常をきたすとさらに深刻な視力の低下につながることになる。
60歳以上の失明原因のトップが加齢黄斑変性
加齢黄斑変性診療の第一人者飯田知弘教授。 |
加齢黄斑変性は、文字どおり加齢などによって黄斑部に異常が生じる病気である。目の病気といえば、白内障や緑内障などがよく知られているが、加齢黄斑変性も近年、認知度が高まりつつある。黄斑疾患の権威者である女子医大病院眼科の飯田知弘教授は次のように話す。
「僕が眼科医になった30年前、日本ではまだ加齢黄斑変性がほとんど認識されていませんでした。病名も、黄斑部が円盤のようになることから“老人性円盤状黄斑変性”と呼ばれていたくらいです。ところが、欧米では加齢黄斑変性が失明の主な原因になっており、その診療が重要視されていました。僕はその当時から加齢黄斑変性と向き合い、啓発してきましたが、今のように広く認識されるようになったのはここ数年のことです」。
実際、日本でも加齢黄斑変性が視覚障害の原因の第4位を占め、60歳以上の高齢者の失明原因では第1位となっている。患者数はすでに70万人超にのぼり、50歳以上の約60人に1人の割合で疾患が見られるという。
発症要因は加齢のほか、食生活の欧米化や喫煙、目が太陽やパソコンの光線にさらされる機会の増加などがあげられる。冒頭のIさんも愛煙家で、1日13時間くらいパソコンに向かう生活を何年も続けてきた。そのうえ、スキューバダイビングのインストラクターとして人一倍、太陽光に接してきたという。Iさんは、「こうしたことが重なって、加齢とともに黄斑がダメージを受けたのでしょう」と自己分析する。
眼球注射療法の登場で治療成績が劇的に向上
加齢黄斑変性には「滲出型」と「萎縮型」の2つのタイプがある。滲出型は、網膜の外側にある脈絡膜から異常な血管(新生血管)が発生して網膜側に伸びてくるタイプである。新生血管は非常にもろいため、血液や水分が滲出して黄斑が機能障害を起こし、発症すると視界の中心部が暗くなったり、ゆがんだり、ぼやけて見えるようになり、急速に症状が進行して視力が低下していく。日本人の加齢黄斑変性は、ほとんどがこのタイプである。一方、萎縮型は加齢とともに黄斑の組織が徐々に萎縮していくタイプで、欧米の白人に発症が多い。進行は緩やかだが、有効な治療法はまだ確立されていない。
「1990年代前半にインドシアニングリーン蛍光眼底造影という検査が行えるようになってから、新生血管が検出できるようになり、加齢黄斑変性の診断がしやすくなりました。同時に、日本人の加齢黄斑変性の病像が欧米人のそれとは違うことが分かってきました。当然、治療法も違ってくるわけです」と飯田教授は振り返る。
では、滲出型の加齢黄斑変性に対する治療法にはどのようなものがあるのだろうか。その歴史をたどってみよう。
最初に行われたのは、レーザーを新生血管に照射して焼きつぶす「レーザー光凝固」という治療法だ。だが、この治療法は新生血管が中心窩に及んでいない場合に限られた。中心窩に及んでいる新生血管をレーザー
滲出型加齢黄斑変性の患部。網膜に浮腫が見られる。 |
薬剤の注射による治療で浮腫が消失している。 |
そして2008年から、Iさんも受けている「抗VEGF療法」の時代となった。VEGF(血管内皮増殖因子)は新生血管の発生や成長を促す物質であり、これを抑える抗VEGF薬を眼球に注射して新生血管を退縮させるという治療法である。
「アメリカで2004年に発表された抗VEGF療法の治験成績が、あまりにも良かったのでびっくりしたものです。日本で抗VEGF療法を始めた当初は、『マクジェン』という薬を使っていましたが、『ルセンティス』という薬を使い始めた2009年から、治療成績が劇的に良くなりました。その意味で、抗VEGF療法が本格化したのは2009年からといってよいでしょう。さらに2012年からは『アイリーア』という薬が登場し、それまで抵抗性を示していたタイプの黄斑変性にも効くようになりまし
加齢黄斑変性の患者さんの眼球に薬剤注射をする治療。 |
個々の患者さんの症状に応じた個別化治療を実践
いくら視力の改善が期待できるといっても、眼球に薬を注射するとなると、おじけづいてしまう人がほとんどだろう。Iさんも、「目に注射をすると聞いたときは、恐怖感から正直、ビビりました」という。「覚悟を決めて治療に臨みましたが、麻酔が効いていて痛みはまったくなく、注射はあっというまに終わりました」と も。
Iさんは2014年10月から15年1月まで毎月1回、それ以降は2か月に1回のペースで抗VEGF薬の注射を受けてきた。最初の注射で効果を実感したIさんは、3回目の注射で「視力が戻ってきた」と感じたとか。その後も順調な経過をたどっていることから、今後は注射のペースが3か月に1回になる予定だ。女子医大病院ではこのように、薬の効果を確認しながら個々の患者さんの症状に応じて注射の間隔を変える“個別化治療”を行っている。
「眼球注射は何度やっても緊張しますが、抗VEGF療法に出会えたことはとてもラッキーでした。目が見えなくなる場合を想定していましたが、視力が回復したのですから…」と笑みを浮かべるIさんは、さらに言葉を続けて「加齢黄斑変性は早期発見が大事。片目でモノを見て変だと思ったら、すぐに検査を受けるべきです。発症しても抗VEGF療法という優れた治療法がありますから、決してあきらめないことです」と、同じ症状を持つ人たちへのアドバイスを語ってくれた。
眼底深部まで検査できる最先端の装置を活用
現在、女子医大病院では加齢黄斑変性の患者さんのほとんどに抗VEGF薬による治療法を提供している。その実施件数は優に年間2,000件にも及ぶ。もちろんこの数は日本の病院の中でトップを行くものである。患者さんは首都圏のみならず、東北や中部、関西、さらに遠く山口県からも訪れてくる人がいるという。そういう人た
高解像度のOCT(光干渉断層計)による検査。 |
飯田教授は、「治療データは世界へ発信し、この分野の論文は欧米の学会誌にも掲載されるなど世界最高水準の研究成果をあげています」と胸を張る。
加齢黄斑変性を含めた黄斑疾患の検査において、最先端のOCT(光干渉断層計)を駆使していることも特筆すべき点である。OCTは非侵襲的に眼底を検査できる装置で、日本では1997年から導入された。その第一号を使い始めたのが飯田教授にほかならない。飯田教授は、網膜だけでなく脈絡膜などの眼底深部まで診断できる高解像度OCTのプロトタイプ開発にも関わってきた。現在、女子医大病院ではこのプロトタイプを含め、最も進化したOCTを5台有しているが、これだけの台数を備えている病院はほかにはない。
こうしたOCTは、前述した加齢黄斑変性患者さんの“個別化治療”にも大きく貢献している。抗VEGF薬の注射を行うごとに、その効果をOCTで繰り返し検査することにより、個々の患者さんに適した治療パターン(注射をする間隔)を見いだすことができるわけだ。
高解像度OCTは、黄斑疾患の診断精度をより高めていることはいうまでもない。それらの診断データは黄斑疾患に関する研究成果とともに学会や欧文専門誌に報告され、世界中から注目を集めている。
黄斑疾患の外科的治療でも他の病院をリード
女子医大病院西病棟Bの2階第4手術室。昨年10月下旬のある日、眼科専用のこの手術室で午前9時過ぎから数件の手術が行われた。最初の2件は白内障の手術。いずれも麻酔を打ってから手術が終わるまでの時間は20
黄斑円孔の手術前(上)と手術後(下)。 中心窩にできた穴(孔)がふさがっている。 |
10時50分過ぎ、3件目の手術患者さんが入室。76歳の男性で、病名は黄斑前膜。網膜の手前に膜が張り、黄斑がそれにさえぎられてモノがゆがんで見え、視力が低下する病気である。その膜を手術によって剥がすのだ。執刀するのは飯田教授。小さな眼球の深部にある膜を、一体どのように剥がすのか。しかも、その膜はわずか3~4ミクロン(1,000分の3~4㎜)の薄さだという。臨床実習のためスタッフと一緒に入室していた医学部の学生たちも興味津々の様子だ。
室内に小田和正の澄んだ歌声がBGMとして流れる中、11時5分に手術がスタートした。眼球にメスを入れ、硝子体の切除と網膜に張り付いた膜を剥がすために、カッターと鑷子(ピンセット)、ライトガイドを通す小さな穴が3か所あけられる。腹腔鏡下手術と同じ要領といってよいだろう。そして、カッターが穴に入れられた。1分間に5,000回転という高速回転の
飯田教授の執刀による黄斑前膜の手術。 |
飯田教授の合図で、室内の照明が落とされた。いよいよ前膜を剥がす場面である。極薄の膜を丁寧に剥がしていくためには、患部がより鮮明に見えなくてはならない。周りの照明を暗くするのもうなずける。鑷子が穴に挿入され、前膜が剥がされ始めた。その様子がモニターに映し出され、病変が取り除かれていくのが実感として伝わってくる。
ふと飯田教授の手許を見ると、鑷子を手にした指先はほとんど静止しているといってもよいほどの微妙な動きしかしていない。まさに“神ワザ”である。「そろそろ終わりますよ」と、局所麻酔の患者さんに飯田教授が声をかけ、手術が終了したのは11時40分。スタートしてからわずか35分しか経っていない。1時間以上はかかるだろうと思っていただけに、拍子抜けするほどの短時間にも驚嘆した。
このように、女子医大病院の眼科は黄斑前膜や黄斑円孔(黄斑の中心窩に穴があき視力が低下する病気)などの黄斑疾患に対しても、高度な外科的治療を提供しているのである。
「Sincere(シンシア)」5号(2016年1月発行)