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2024年09月27日【プレスリリース】八千代医療センター小児科
令和 6年 9月27日
学校法人東京女子医科大学

乳児の外傷性脳損傷の発症因子を解明!
二相性の経過と遅発性脳変化のメカニズムに迫る
 
Point
 
○ 東京女子医科大学附属八千代医療センター小児科の高梨潤一教授と神経小児科の安河内悠助教、小俣卓准教授らは、乳児期外傷性脳損傷の新たな病型である「二相性臨床経過と遅発性拡散能低下を呈する乳児外傷性脳損傷 (TBIRD)」 の調査を実施し、その臨床像・発症因子・病態を明らかにしました。
 
1.調査対象は2006年12月~2022年10月に外傷性脳損傷 (TBI) で当院に入院し、MRIを撮影した小児21人です。
2.TBIRDは二相性臨床経過、遅発性拡散能低下 (拡散強調像での皮質下白質高信号) を特徴とし、けいれん重積型 (二相性) 急性脳症 (AESD) と類似しています。
3.21例中7例がTBIRDと診断され、重症なTBIがTBIRDを発症する可能性が高いことが判明しました。また、7例中6例で神経学的後遺症を認めました。
4.MRスペクトロスコピーの解析から興奮毒性がTBIRDの病態に関与していることを明らかにしました。
     


Ⅰ 研究の背景と目的

 けいれん重積型 (二相性) 急性脳症 (AESD) は日本の乳児に好発し、ウィルス感染症に伴うことが多く、小児の急性脳症の中で最も頻度の高い脳症症候群です。発熱当日または翌日にけいれんで発症し、意識障害は一旦改善傾向となりますが、4-6日目に再度のけいれんや意識障害の増悪を認め、特徴的な二相性の経過を呈します。頭部MRI検査では、皮質下白質の遅発性拡散能低下 (bright tree appearance: BTA) を特徴とします。70%に神経学的後遺症を残します。
 近年、乳児外傷性脳損傷 (TBI) 後にAESDに類似した臨床所見・画像所見を呈する症例が散見されており、infantile traumatic brain injury with a biphasic clinical course and late reduce diffusion (TBIRD) として報告されています。TBIRDの臨床経過・画像所見をまとめた報告は少なく、どのようなTBI患者がTBIRDを発症するかは不明であり、その病態も明らかにはされていません。今回、私たちはTBIRDの臨床的・画像的特徴、発症因子、病態を明らかにするため、自施設入院の患者さんを後方視的に解析しました。


Ⅱ 研究の方法

 調査方法は診療録を用いた単施設の後方視的検討で、2006年12月〜2022年10月にTBIで当院小児科に入院しMRIを撮影した方を対象として、TBIRDを発症した方(TBIRD群)とTBIRDを発症しなかった方(非TBIRD群)に分けて、比較検討しました。
 TBIRDの診断は、1) TBI患者もしくは疑い、2) 初期症状はけいれんもしくは意識障害、3) 遅発性に拡散強調画像で皮質下白質に高信号 (BTA) を認める、を全て満たす場合としました。
 なおこの研究は東京女子医科大学の倫理委員会による審査を受け、適切な研究であると承認されています(承認番号3535R、2023-00682)。また患者様もしくは保護者には研究所のウェブサイトを通して通知され、オプトアウトの選択肢が与えられました。
 
 
Ⅲ 研究の結果

 対象は21名で、そのうち7名がTBIRDに合致しました。
 検討の結果、次のようなことがわかりました。

1.TBIRDの臨床経過や画像所見はAESDと類似している。
 TBIRD7名(TBIRD群)は、発症年齢は3〜15か月で、受傷機転は50%以上が後方転倒や低い位置からの墜落でした。初発症状はほとんどの症例に意識障害・けいれんを認めました。二相目の症状を認めた症例は7名中4名(うち3名は入院翌日に意識清明)で、他3名は気管挿管中のため症状を確認することは困難でした。二相目の症状はけいれん・意識障害で、3〜5日目に認めました。MRIでは2〜9日目にBTAを認めました(下の3日目画像の高信号部位)。このように、TBIRDとAESDは臨床的・放射線学的に類似点が多いです。TBIRDの予後は7人中6人 (86%) が何らかの神経学的後遺症を残しており、そのうち3人 (43%) は寝たきりになり、AESDより重篤な神経学的後遺症を残しました。死亡した方はいませんでした。

TBIRDの臨床・画像経過














3日目 皮質下白質の高信号(bright tree appearance)(白矢印)を認める
23日目 同部位は萎縮を残す  (関連文献1から転載)

2.AESDとの鑑別点は硬膜下血腫の有無とBTAの出現部位で可能である。
 上記のようにTBIRDとAESDは類似点が多く、TBIRDも初期症状で発熱を伴うことがあり、臨床的・放射線学的に鑑別することは時に困難です。しかし、TBIRDでは硬膜下血腫を合併している症例が多かった一方、私たちの知る限りではAESDで病初期に硬膜下血腫を合併している症例はありませんでした。また、AESDではBTAは前頭葉優位で基本的に両側性に認め、TBIRDではBTAは後頭葉優位で左右差(硬膜下血腫の部位に一致)がありえました。硬膜下血腫の有無、BTAの出現部位によって、TBIRDとAESDを鑑別することが可能と考えます。
 
3.重症なTBIの患者様がTBIRDを発症しやすい。
 TBIRD群と非TBIRD群を比較すると、TBIRD群の方が1). 初発症状として30分以上持続するけいれん重積状態、2). CTでmidline shiftや脳実質の低吸収域など脳実質病変、3). 初期治療で挿管管理を要する重症例が有意に多いことが判明しました。発症年齢や受傷機転、初発症状の意識障害の程度などには有意差はありませんでした。このように重症なTBIの患者様がTBIRDを発症しやすいと考えられます。

4.TBIRDの主たる病態は興奮毒性の可能性がある。
 TBIRDの病態はこれまで明らかにされていません。MRスペクトロスコピー (MRS) はMRIと同時に検査可能であり、非侵襲的に脳代謝を測定できる検査です。AESDではMRSで4〜12日目にグルタミンが一過性に上昇します。これは興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸をグルタミンに変換して無毒化する過程を観察している可能性があり、AESDの主病態は興奮毒性であると考えられています。今回の調査では、TBIRD群7名のうち6名、非TBIRD群14名のうち4名でMRSを実施しました。TBIRD群では、3〜29日目にグルタミン(下図のGln)の上昇があり、その後正常化していました。一方、非TBIRD群では、TBIRD群ほど著明な上昇はありませんでした。このようにTBIRDのグルタミンの一過性上昇は、AESDのMRS所見と一致しており、興奮毒性がTBIRDの病態に関与している可能性が示されました。
 

(図1. 8病日にグルタミン(Gln)高値が一過性に観察される. 許可を得て転載)

 
Ⅳ 研究の意義
 
1.TBIRDは近年提唱された概念であり、乳児期の頭部外傷に由来する本病態は医療関係者の間でもあまり知られていません。今回の研究成果が国際的な医学雑誌に掲載されたことにより、臨床家の間でTBIRDに対する理解が深まることが期待されます。
2.TBIRDは二相性臨床経過(初期症状後、遅発性に2回目のけいれん・意識障害)を呈し、重篤な神経学的後遺症を残す可能性が高いことが判明しました。初期症状後意識レベルが軽快傾向であっても、重症なTBI後はTBIRDを念頭に置き注意深い臨床観察が望まれます。
3.TBIRDに興奮毒性が関与していることが示唆されましたが、今後はサイトカインなど他要因の検討も望まれます。興奮毒性に対する有効な治療法を確立することで、患児の予後改善が期待されます。

 
今後の課題

 TBIRDは近年注目されている疾患概念ですが、症例数は少なく、有効な治療方法は確立されていません。今回の報告によって、医療関係者の間で認識されデータが蓄積されることにより、新しい治療法の開発につながることが期待されます。私たちは今後もTBIRDの臨床研究を継続し、その結果を皆様に発信したいと考えています。

 
 
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
髙梨潤一(タカナシジュンイチ)
東京女子医科大学附属八千代医療センター小児科・教授、小児急性脳症研究班・研究代表者
〒276-8524 千葉県八千代市大和田新田477-96
Tel:047-450-6000 Fax:047-458-7047
E-mail: jtaka@twmu.ac.jp
 
<報道担当>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp
 
参考サイト(用語説明など掲載)
https://encephalopathy.jp

【プレス情報】
1.掲載誌名:Journal of the Neurological Science
2.論文タイトル:Pathomechanism of infantile traumatic brain injury with a biphasic clinical course and late reduced diffusion evaluated by MR spectroscopy.
3.著者名:Yasukohchi M, Omata T, Takanashi J-I, et al.
4.DOIコード: 10.1016/j/jns.2024.123228
5.論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo) :2024年9月10日
 
関連文献1                                                                                                                      
Yasukohchi M, Omata T, Takanashi J, et al. Factors influencing the development of infantile traumatic brain injury with a biphasic clinical course and late reduced diffusion. J Neurol Sci 2024; 457: 122904. DOI 10.1016/j.jns.2024.122904