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2022年06月29日研究成果生理学講座神経生理学分野
大脳皮質体性感覚野における痛覚情報処理のメカニズムを解明
「なぜ痛いか?」を解き明かす新たな発見を公表します。
「なぜ痛いか?」を解き明かす新たな発見を公表します。
公表ポイント 東京女子医科大学・生理学講座・神経生理学分野の尾崎弘展助教と宮田麻理子教授のグループは、大脳の最も外側に大脳皮質があり、その一次体性感覚野(以下:大脳皮質体性感覚野)内に存在する寡顆粒皮質領域が痛覚処理に重要な働きをしていることをマウス体性感覚系の研究において明らかにしました。以下解明したポイントです。 1.痛覚が大脳皮質体性感覚野の寡顆粒皮質領域で情報処理されていること 2.寡顆粒皮質領域の活動は急性痛のみならず慢性痛にも関与していること 3.寡顆粒皮質領域の活動を抑制すると痛み行動が抑えられること 4.マウスの寡顆粒皮質領域に相当する領域はヒトの大脳皮質体性感覚野にもあるため、この領域が痛みを 生み出す可能性があります。 5.今後ヒトの研究に進めることで、難治性疼痛の治療につながる可能性があります。 |
Ⅰ 研究の背景と経緯
「心頭滅却すれば、火自ずから涼し」という言葉があります。これは禅の有名な言葉ですが、「痛み」が脳内で作り出されるものであるということを端的に表した言葉でもあります。痛みは多くの患者さんが訴えます。また痛みを取り除くことは原因疾患の治療とともに非常に重要な治療目的となっています。そして痛みには、体のどこが・どれくらい・どのように痛いかという感覚成分(痛覚)と、不快・悲しみ・苦痛といった情動成分を含んでいるのです。この中で痛覚は皮膚等に入った侵害刺激(痛みの要因)が末梢感覚神経を介して脊髄へ伝達され、視床へと運ばれ、大脳皮質体性感覚野で処理されていると考えられています。従って痛みの制御方法を開発する際に、大脳皮質体性感覚野は、将来的に大変有望なターゲットだと言えます。
しかし、侵害刺激が大脳皮質体性感覚野に入ってから痛覚がどのように処理されているのかは未だ解明されませんでした。さらに、大脳皮質体性感覚野は痛覚のみならず触覚などの感覚も処理する領域であり、痛覚と触覚がどのように区別・処理されているのかといったことも解明する必要がありましたが、これまでは十分に分かっていませんでした。
こうした前提のもとで、本件の研究が始まったわけです。
Ⅱ 研究の内容
大脳皮質体性感覚野には触覚に応答するバレル野とバレル野に隣接する寡顆粒皮質領域が存在します。今まで寡顆粒皮質領域の機能は十分に分かっていませんでした。今回、バレル野と寡顆粒皮質領域から広範囲かつ同時に神経活動を記録しました。
マウスに「熱い」「痛い」と感じる侵害刺激を与えると、寡顆粒皮質領域は、バレル野に比べて有意に強く鋭敏に応答する神経細胞が多いことが分かりました。一方で、触覚刺激に対しては鈍い応答を示しました。反対に、バレル野は、触覚刺激に強く鋭敏に反応し、侵害刺激に対しては鈍い応答を示しました。
さらに、これらの応答内容をその特徴ごとに細胞分布を詳しく観察しました。すると、感覚情報を初期段階で処理する大脳皮質浅層の2/3層では、寡顆粒皮質領域に侵害刺激のみに応答する細胞が多く、バレル野には触覚刺激にのみ応答する細胞が多いことが分かりました。
一方、2/3層からの入力を受け、様々な他の脳の領域に出力する層である5層の細胞は、「寡顆粒皮質領域が侵害刺激に選択的に強く鋭敏に応答し、バレル野が触覚刺激に反応性が高い」、という特徴は維持されるものの、寡顆粒皮質領域、バレル野ともに侵害刺激にも触覚刺激にも応答する細胞が増えることが分かりました。
このことは、大脳皮質体性感覚野の中で、痛覚、触覚の特徴を保ちながら、それぞれの情報が互いに統合され処理されていることを示しています。
次に、寡顆粒皮質領域が神経痛などの慢性疼痛にも関与するかどうかを検証するために、マウスのヒゲの感覚神経である三叉神経第二枝(眼窩下神経)を手術糸で結紮し、三叉神経痛の病態モデルを作成しました。その結果、三叉神経痛と同様の症状を示す状態になった際に寡顆粒皮質領域が活性化することが分かりました。
最後に、寡顆粒皮質領域の活動と痛み行動の因果関係を直接証明するために、光遺伝学の手法を用いて、寡顆粒皮質領域だけ光を当てることにより、神経活動を変化させ、痛み行動がどのように変化するのかを調べました。すると侵害刺激を与えている際に寡顆粒皮質領域の活動を低下させると本来見られる痛み行動を動物が示さなくなることを発見しました。
反対に、寡顆粒皮質領域の神経活動を上昇させると本来、痛み行動を示さない程度の弱い刺激に対して、動物が痛み行動を示すようになることも発見しました。
以上の研究成果は、大脳皮質体性感覚野内で痛覚情報が触覚情報の処理をされる部位とは異なる寡顆粒皮質領域で処理されていること。慢性疼痛の状態でもその領域の活動の変化が起こり、さらに寡顆粒皮質領域の活動が痛み行動そのものに結びついていることを示しております(図1)。
(図1)
Ⅲ 今後の展開
東京女子医科大学・生理学講座・神経生理学分野の尾崎弘展助教と宮田麻理子教授のグループは、マウスを対象にして、痛覚や触覚といった体性感覚を処理する中枢である大脳皮質体性感覚野に着目し、これまで十分に分かっていなかった痛覚の情報処理部位(寡顆粒皮質領域)を同定しました。そして、その部位の神経活動を選択的に抑えることで、痛いと感じるための情報処理を抑制し、逃避行動が抑えられる現象を発見しました。
本研究で示したマウスの寡顆粒皮質領域はヒトでは大脳皮質一次体性感覚野の3a野と呼ばれる領域に相当します。痛みは脳内で生み出されるものであり、その感覚成分である痛覚の処理中枢として 寡顆粒皮質領域が明らかになったことで、薬剤等の効かない難治性疼痛に対しても、この領域を選択的に抑制することで痛みを除去する(除痛する)ことができる可能性を示唆しています。そのため、今後は知見をさらに積み重ね、新たな鎮痛・除痛法の開発など、将来の臨床応用を目指していきます。
本件の研究は科学研究費 新学術領域研究「身体表現」「超適応」, 学術変革領域研究(A)「臨界期生物学」, 基盤研究(B)(C)の助成を拝受しております。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
宮田 麻理子(ミヤタ マリコ)
東京女子医科大学 医学部生理学講座神経生理学分野 教授
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8112(Ext:31441) 直通03-5269-7412
E-mail: mmiyata@twmu.ac.jp
<報道担当>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp
【プレスリリース情報】
1.掲載誌名:Nature Communications
2.論文タイトル:Distinct nociception processing in the dysgranular and barrel regions of the mouse somatosensory cortex
3.著者名:Hironobu Osaki, Moeko Kanaya, Yoshifumi Ueta, Mariko Miyata
4.DOIコード DOI : 10.1038/s41467-022-31272-w
5.論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo):2022年6月29日(水)18時【東京】
2022年6月29日(水)10時【ロンドン】
https://doi.org/10.1038/s41467-022-31272-w
PDF: https://www.nature.com/articles/s41467-022-31272-w.pdf