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2021年05月10日 【プレスリリース】末梢神経切断後の脳神経回路の改編を誘導する仕組みの解明~幻肢痛の治療に期待~
末梢神経切断後の脳神経回路の改編を誘導する仕組みの解明~幻肢痛の治療に期待~
学校法人 東京女子医科大学
Point ●交通事故やスポーツ中の転倒などによって手足を支配する神経が切断される、あるいは、病気や怪我が原因で四肢を切断される場合、失われた手足の痛みを覚える幻肢痛や、損傷部位とは異なる身体部位に痛みを覚える関連痛(または異所性疼痛)が引き起こされ、慢性的な痛みが続くことがあります。この原因として、中枢神経系(脳と脊髄)の神経回路が改編されることで、脳の情報処理に不具合が生じることが関与すると考えられています。しかし、直接は損傷を受けず、末梢部位から遠く離れた中枢神経系にどのように変化が引き起こされるのかはよくわかっていませんでした。 ●今回、末梢神経を切断した病態モデルマウスを用いて研究を進めた結果、脳の免疫細胞であるミクログリアが脳神経回路改編の誘導と疼痛の発現を制御することがわかりました。 ●また、ミクログリアを除去すると、末梢神経が切断されても神経回路改編の誘導および疼痛の発現は阻止されました。そのため、ミクログリアは幻肢痛や異所性疼痛の治療標的となることが期待されます。 |
Ⅰ 研究の背景と経緯
事故などで四肢の切断が生じた場合、あるいは、バイク事故などで腕の神経が切断される(引き抜き損傷)場合、失われた手足があるように感じそこに強い痛みを感じたり(幻肢痛)、損傷部位とは異なる身体部位に痛みを覚える異所性疼痛が引き起こされたりしますが、これらは通常の鎮痛剤などが効かないことから難治性疼痛に分類され、現在でもまだ決定的な治療法が確立されていません。これらの痛みは中枢神経系の機能障害に起因し、脳や脊髄で感覚を伝導する神経回路が改編され、感覚情報が混線するなど、情報処理に不具合が生じた結果引き起こされると考えられています。体性感覚の伝導路では、視床や大脳皮質といった脳領域に体部位再現または体部位局在と呼ばれる身体地図が形成されています。これまでの多くの研究から、多様な動物モデルやヒト患者の視床や大脳皮質で、損傷を受けた部位からの入力を表現する領域が縮小し、損傷部位周辺からの入力を表現する領域が拡大するといった形で、脳内の身体地図が再構築されていることがわかっており、身体地図がより大幅に再構築されるほど痛みの強さ、あるいは、例えば感覚識別が損なわれるといった感覚障害の程度も大きくなる可能性が示唆されています。そのため、中枢神経回路の改編を誘導する機構を同定し、それを制御することが出来れば、幻肢痛や関連痛の根本的な抑制に繋がる可能性があります。今回の研究成果は、2021年3月10日(日本時間)にオープンアクセスの米国科学雑誌Cell Reportsのオンライン版に掲載されました。
Ⅱ 研究の内容
末梢神経損傷の場合、脳や脊髄は直接損傷を受けておらず、また損傷部位からも遠く離れているため、末梢神経の損傷がどのような機構を介して中枢神経回路の改編を誘導するのかはこれまでよくわかっていませんでした。今回、東京女子医科大学医学部生理学講座(神経生理学分野)の植田禎史(うえた よしふみ)助教と宮田麻理子(みやた まりこ)教授は、末梢神経を切断した病態モデルマウスのヒゲ体性感覚経路を用いて、脳内の視床という領域に特に着目し、視床回路の改編やそれに伴うマウスの疼痛応答を誘導する機構を調べました。視床回路の改編が誘導されるには末梢神経からの入力を遮断するだけでは不十分で、末梢神経自体が物理的に切断されることが必要となります。そこで、炎症によって賦活化する神経免疫系が重要でないかと考え、脳における免疫細胞であるミクログリアの働きに焦点を当てました。
マウスのヒゲ感覚は末梢神経を介して、まず脳の脳幹という領域に入力します。脳幹のニューロンは次に視床のニューロンへ情報を伝えます。正常マウスではヒゲ情報を表現する脳幹領域(脳幹のヒゲ領域)から、同じくヒゲ情報を表現する視床領域(視床のヒゲ領域)へ神経結合があり、ヒゲ情報を正確に伝える回路が形成されています。一方、ヒゲ感覚神経を切断したマウスでは、視床ヒゲ領域のニューロンは、ヒゲ領域からの入力だけでなく、異所性の入力(ヒゲ以外の身体部位からの情報を運ぶ別の脳幹領域に由来)を受け取るような回路に改編され、視床回路に混線が生じることで感覚情報処理の不具合が生じます。今回の研究では、ヒゲ感覚神経切断後速やかに脳幹ヒゲ領域においてミクログリアの細胞密度が上昇し、活性化型に特徴的な大きな細胞体を持つ細胞が分布することがわかりました。ミクログリアはニューロンに作用して神経回路形成を制御する働きが知られていますので、回路の改編が生じる視床においてもミクログリアの変化が見られるのではないかと考えられました。しかし、実際には視床におけるミクログリアには大きな変化がありませんでした。ミクログリアが視床のヒゲ地図形成に関係するかを調べるため、抗悪性腫瘍薬の一種をヒゲ感覚神経切断マウスに経口投与することでミクログリアを脳全体から除去する、あるいは脳幹または視床に限局して試薬を注入してミクログリアを除去した結果、脳全体からミクログリアを除去した場合および視床ではなく脳幹からミクログリアを除去した場合に視床への異所性入力の侵入が見られませんでした。この結果は、脳幹におけるミクログリアの働きが、末梢神経切断によって引き起こされる視床の身体地図の再構築に重要であることを示唆します。
脳幹のミクログリア活性化は脳幹ニューロンの神経活動をより過興奮にします。ヒゲ感覚神経切断マウスで脳幹ニューロン限局的に神経活動を抑制すると、ミクログリアの細胞密度は上昇しましたが、視床回路の改編は阻止されました。つまり、末梢神経の損傷による脳幹ミクログリアの活性化は脳幹ニューロンの神経活動性に影響し、それによって脳幹から視床への神経結合性を変えることで、末梢神経から遠く離れた脳の視床回路の改編を誘導する働きを持つことがわかりました。
ヒゲ感覚神経切断マウスはヒゲの感覚は失われますが、ヒゲの周辺部位、例えば下顎に対して細いフィラメントを用いて機械的な刺激を与えると、異所性の感覚過敏が見られるようになります。感覚過敏は、通常は嫌がらない程の弱い機械刺激に対して逃避行動を示す、いわゆる疼痛応答の指標となります。しかし、ミクログリアを除去すると、この異所性疼痛は完全に見られなくなりました。
Ⅲ 今後の展開
ミクログリアは中枢神経系のマクロファージと呼ばれますが、近年はがん、悪性腫瘍の治療法としてマクロファージを除去する試薬が着目を浴びており、中には抗悪性腫瘍薬として米国で承認されたものも出てきました。マクロファージを除去する薬剤は脳血管門を通過し、脳や脊髄内のミクログリアもまた除去します。そのため、本研究成果は投薬によるミクログリア除去が、将来的な難治性疼痛に対する治療手段となり得る可能性を示唆します。一方、ミクログリアは脳の恒常性維持に働き、様々な場面、領域で脳機能の調節を担っているため、単純にミクログリアを除去することは深刻な副作用をもたらす可能性も十分に考えられます。ミクログリアは均一ではなく異なる活性化状態・分子発現を持つ多様な細胞群から構成され、活性化状態によって異なる機能を持ちます。今後さらに多くの研究が進み、ミクログリアの特定機能だけを制御できるようになることで、より現実的な幻肢痛や異所性疼痛の治療法の開発に繋がることが期待されます。
本研究は日本学術振興会、文部科学省研究費補助金JSPS KAKENHI(16K18995、16H01344、17H05752、19H03343)、学術変革領域(A)「臨界期生物学」(20H05916)による支援を受けて行われました。また、一部は成茂神経科学研究助成基金および中富健康科学振興財団研究助成金の支援も受けて行われました。
【プレス情報】
1.掲載誌名:「Cell Reports」2021年3月10日
2.論文タイトル:Brainstem local microglia induce whisker map plasticity in the thalamus after peripheral nerve injury
3.著者名:Yoshifumi Ueta* and Mariko Miyata*(*責任著者)
4.DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.108823
5.生理学講座(神経生理学分野)HP:http://www.twmu.ac.jp/neurophysiology/index.html
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