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2021年03月05日  【プレスリリース】膵臓がん発生の仕組みに迫る STK11遺伝子に異常を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍の特徴
膵臓がん発生の仕組みに迫る
STK11遺伝子に異常を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍の特徴
 
国立大学法人東北大学
医療法人徳洲会札幌東徳洲会病院医学研究所
国立大学法人旭川医科大学
学校法人東京女子医科大学
国立大学法人山形大学医学部

【研究のポイント】
• 膵管内乳頭粘液性腫瘍注1におけるSTK11注2異常についてゲノム解析し、その臨床病理学的特徴を明らかにした。
• STK11の異常に関連する5つの特徴を明らかにした。
• STK11を標的とした膵臓がんの早期発見や新規治療戦略の開発が期待される。

【研究 概要】
 腫瘍抑制遺伝子であるSTK11は、膵臓がんのドライバー遺伝子注3ですが、膵管内乳頭粘液性腫瘍における腫瘍化への役割は明らかではありませんでした。東北大学大学院医学系研究科病態病理学分野・大森優子助教、古川徹教授らの研究グループは、STK11異常を有する 膵管内乳頭粘液性腫瘍の遺伝学的、臨床病理学的な5つの特徴を明らかにしました。STK11を標的とした膵臓がんの早期発見や新しい治療戦略の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2021年3月3日米国の学術誌Annals of Surgery誌(電子版)に掲載されました。

【研究内容】
 膵管内乳頭粘液性腫瘍は、粘液を産生する腫瘍細胞が膵臓の管(膵管)の中に発生し、膵管が袋状に拡張して腹痛や消化不良を起こす腫瘍です。進行すると膵臓の実質(膵液を作る細胞やインスリンを分泌する膵島など)や周囲臓器への浸潤、膵管に穴が空くこと(穿破)による腹腔内へ消化液の漏洩、さらには腫瘍細胞の遠隔転移を起こし、治療経過が悪化したりします。また、膵管内乳頭粘液性腫瘍が足場となって、硬い腫瘍を作る一般的な膵臓がんが発生したりすることが知られています。
 腫瘍抑制遺伝子であるSTK11は、消化管腫瘍と皮膚色素沈着を起こす遺伝性疾患であるPeutz-Jeghers症候群の原因遺伝子で、正常に働かなくなることにより、膵臓がんを含むがんの発生進行を促すドライバー遺伝子として機能します。しかし、膵管内乳頭粘液性腫瘍の発生・進行におけるその役割は明らかではありませんでした。本研究では、東北大学大学院医学系研究科病態病理学分野・大森優子(おおもり ゆうこ)助教、古川徹(ふるかわ とおる)教授らの研究グループは、同消化器外科学分野・森川孝則(もりかわ たかのり)准教授、元井冬彦(もとい ふゆひこ)准教授(現 山形大学医学部第一外科教授)、海野倫明(うんの みちあき)教授、札幌東徳洲会病院医学研究所・小野裕介(おの ゆうすけ)主任研究員、旭川医科大学医学部内科学講座がんゲノム医学部門・水上裕輔(みずかみ ゆうすけ)教授、東京女子医科大学消化器病センター消化器・一般外科・樋口亮太(ひぐち りょうた)講師、山本雅一(やまもと まさかず)教授らと共同で、膵管内乳頭粘液性腫瘍手術切除標本の病理学的解析と次世代シーケンサー注4による遺伝子解析により、STK11異常を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍の遺伝学的、臨床病理学的特徴を明らかにしました。STK11遺伝子異常を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍には、以下の5つの特徴があることがわかりました(図1)。
 ①KRAS注5の機能活性化変異と相助し、特徴的な形状の膵管内乳頭粘液性腫瘍を形成する。
 ②膵管内乳頭粘液性腫瘍の悪性化に関与し、治療経過を悪化させるリスク因子となる。
 ③既知の膵臓がんドライバー遺伝子であるTP53SMAD4よりも先に異常が生じる。
 ④リン酸化AMPKα注6発現の低下により、細胞内代謝を変化させる。
 ⑤転写制御因子であるSnail注7タンパク質の発現の上昇により、細胞接着性を低下させ、浸潤や転移に関与する。
 
結論:この研究成果により、膵管内乳頭粘液性腫瘍患者の追跡観察におけるSTK11を標的とした膵臓がんの早期発見や、STK11-AMPK経路に対する新規治療戦略の開発が期待されます。
 
支援:本研究は日本学術振興会科学研究費(19K16576、20H03655)と艮陵医学振興助成金の支援を受けて行われました。

【用語説明】
注1.
膵管内乳頭粘液性腫瘍:膵臓にできる嚢胞(のうほう)性腫瘍の代表。膵管(膵液が流れる管)の内部に、盛り上がるよう(乳頭状)に増殖する腫瘍で、豊富な粘液分泌を特徴とする。膵管内で発育した腫瘍が、浸潤して膵臓がんを形成する。
注2.
STK11 細胞の増殖や分化、極性を制御するタンパク質。様々な生体反応の制御に関与する腫瘍抑制遺伝子で、消化管ポリポーシス(多数のポリープができる症状)と粘膜皮膚色素沈着を特徴とし、高い膵発癌リスクを有することが知られている Peutz-Jeghers症候群の原因遺伝子として有名。
注3.
ドライバー遺伝子:がん遺伝子・腫瘍抑制遺伝子といった、がんの発生・進展において直接的に重要な役割を果たす遺伝子。変異により機能を失う場合と、新たに機能を獲得する場合がある。ドライバー遺伝子は低分子阻害剤や抗体医薬など、様々な分子治療の標的として有望であり、同時に診断のマーカーにもなる。
注4.
次世代シーケンサー:大量のDNA配列を高速に解析できる技術。研究面、臨床面での応用が進んでいる。
注5.
KRAS:がん遺伝子。膵臓がんの約95%にその機能活性化変異が認められる。
注6.
AMPKα AMP活性化 プロテインキナーゼ。細胞エネルギーの恒常性維持における主要な制御因子。AMPKは、脂質およびグルコース代謝の両方で、中心的な役割を担うことから、がんの治療における治療標的となる可能性がある。
注7.
Snail遺伝子の働きを制御するタンパク質。細胞接着分子であるタンパク質E-cadherinの発現を抑ることにより、癌細胞が浸潤・転移能を獲得する第1段階である上皮間葉移行を誘導する。


図1: STK11異常を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の特徴


【論文題目】
Title: Serine/Threonine Kinase 11 Plays a Canonical Role in Malignant Progression of KRAS-mutant and GNAS-wild-type Intraductal Papillary Mucinous Neoplasms of the Pancreas
Authors: Yuko Omori, Yusuke Ono, Takanori Morikawa, Fuyuhiko Motoi, Ryota Higuchi, Masakazu Yamamoto, Yuko Hayakawa, Hidenori Karasaki, Yusuke Mizukami, Michiaki Unno, Toru Furukawa
 
タイトル:STK11はKRAS変異/GNAS野生型IPMNの悪性化に関与する
著者名:大森優子、小野裕介、森川孝則、元井冬彦、樋口亮太、山本雅一、早川祐子、唐崎秀則、水上裕輔、海野倫明、古川徹
 
掲載誌名:Annals of Surgery
DOI: 10.1097/SLA.0000000000004842

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