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2020年11月11日  【プレスリリース】造血幹細胞老化の新規メカニズムを解明
造血幹細胞老化の新規メカニズムを解明
 
学校法人 東京女子医科大学    
東京大学医科学研究所       
広島大学原爆放射線医科学研究所  
シンガポール国立大学がん科学研究所

 東京女子医科大学・実験動物研究所の本田浩章らのグループは、東京大学医科学研究所の岩間厚志教授らの研究グループ、広島大学原爆放射線医科学研究所の稲葉俊哉教授らの研究グループ、シンガポール国立大学がん科学研究所の須田年生教授らの研究グループ、その他の研究グループと共同で、造血幹細胞老化を制御する新たなメカニズムを解明しました。本研究成果は2020年11月11日22時(米国8時)に米国血液学会American Society of Hematology (ASH)発行の雑誌である、「Blood」のオンライン版で公開されます。
 
Point
■ヒストン修飾は生体の恒常性に重要な役割を果たす。我々は、ヒストン脱メチル化酵素UTXを欠失したマウスを作製し、UTX欠失は造血幹細胞老化を誘導することを明らかとした。

■若い造血幹細胞に比較して老化した造血幹細胞ではUTXの発現が減少しており、UTXの機能低下は生理的老化にも関与していると想定された。

■UTXは脱メチル化活性依存的なメカニズムと非依存的なメカニズムとの両方を介して、造血幹細胞老化を制御していることが明らかとなった。


Ⅰ 研究の背景と経緯
 血球細胞は多様な種類の細胞で構成されており、それらすべての細胞は、ごく少数の造血幹細胞が増殖・分化することで生涯を通じて供給されますが、造血幹細胞は加齢に伴う機能低下、すなわち老化することが知られています。造血幹細胞の機能維持にはエピジェネティクス(DNAの配列変化によらず遺伝子発現を制御するシステム)が重要な役割を担うことが知られており、代表的なエピジェネティックな発現制御機構であるヒストンメチル化修飾は、メチル化酵素と脱メチル化酵素の働きのバランスによってコントロールされています。そこで、本研究チームは、ヒストン脱メチル化酵素として同定されたUTXに着目し、後天的にUTXの欠失を誘導できるマウスを作成し、造血系を中心に解析を行いました。
 

Ⅱ 研究の内容
 解析の結果、UTX欠失マウスは、末梢血中の骨髄球とよばれる細胞が増加しており、種々の血液細胞で異型成が認められました(図1A)。また、骨髄以外には通常存在しない造血幹細胞がUTX欠失マウスでは脾臓や末梢血で数多く存在しており、骨髄以外での造血である髄外造血が起こっていることが示されました(図1B)。

 マウスに白血病を誘導するウイルスを感染させたところ、コントロールマウスに比較してUTX欠失マウスは短期間で全てのマウスが白血病を発症し、UTX欠失は白血病発症感受性を亢進させることが明らかになりました(図1C)。さらに、コントロールマウスとUTX欠失マウスから造血幹細胞を単離し放射線を照射した同系マウスに移植したところ、UTX欠失造血幹細胞は造血を再構成する機能である骨髄再構築能が低下していることが示されました(図1D)。
 

 UTX欠失マウスに認められた骨髄球の増加、血球の異型成、髄外造血、白血病発症感受性の亢進、骨髄再構築能の低下は、老化した血液細胞に特徴的な表現型として知られています。そこで、UTX欠失による造血幹細胞における遺伝子発現変化と、生理的な加齢により老化した造血幹細胞における遺伝子発現変化を比較したところ、両者の発現変化には有意な相関を認め、UTX欠失は表現型のみでなく遺伝子発現も老化に誘導することが明らかになりました。また、UTX欠失造血幹細胞は、細胞表面抗原発現変化や、活性酸素種の蓄積や、DNA損傷に対する応答性の遅延など、これまで老化した造血幹細胞で報告されている変化を呈するも明らかになりました。実際に老化した造血幹細胞では若い造血幹細胞に比較してUTXの発現が減少しており、UTXの機能低下は生理的老化にも関与している可能性が高いと考えられました(図2)。これらの結果は、UTXは老化関連遺伝子群の発現を制御することで造血幹細胞の機能を維持していることを初めて示したものです。
 
 次にUTXがその脱メチル化活性によってどの遺伝子の発現を制御しているかを検証するため、UTX欠失造血幹細胞のヒストンメチル化状態の網羅的な解析を行い、その結果と遺伝子発現パターンを組み合わせた解析を行いました。その結果、UTXによるヒストン脱メチル化によってTGF-βシグナリングに関連する遺伝子の発現が制御されていることが明らかとなりました。その一方で、その他の老化関連遺伝子はUTXのヒストン脱メチル化によって制御されている証拠は得られませんでした。UTXはそのヒストン脱メチル化活性以外にも、ヒストンメチル化に関与するCOMPASS-like 複合体やヒストンの開閉状態を制御するSWI/SNF複合体といったエピジェネティックな発現制御を行う複合体の構成因子として遺伝子発現制御に関わることが知られています。
 
 そこで、既存の次世代シークエンサーのデータを利用して解析を行った結果、老化関連遺伝子群の多くはCOMPASS-like複合体やSWI/SNF複合体の制御下にある可能性が示されました。以上の結果は、UTXはその脱メチル化活性依存的、非依存的な発現制御機構の両方を介して、老化関連遺伝子群の発現を制御することで造血幹細胞の維持に貢献していることを強く示唆しています。
 
Ⅲ 今後の展開

 本研究の結果から、UTXは造血幹細胞において老化関連遺伝子群の発現を制御することで造血系の恒常性を維持しており、その欠失は造血幹細胞老化を誘導することが示されました。今後は、UTX発現は造血幹細胞で加齢とともに低下するところから、UTXの発現維持や導入による抗老化効果の検証や、他の組織幹細胞老化におけるUTXの役割の解明を目的として実験を進める予定です。

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