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2024年01月30日  【プレスリリース】新型コロナウイルス感染症に関わる小児急性脳症患児103例の臨床像を解明しました
新型コロナウイルス感染症に関わる小児急性脳症患児103例の臨床像を解明しました。
 
 
Point
 
○ 東京女子医科大学附属八千代医療センター小児科の高梨潤一教授と東京都医学総合研究所 脳・神経科学研究分野 こどもの脳プロジェクトの佐久間啓プロジェクトリーダー、葛西真梨子主席研究員らのグループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症に関連した小児急性脳症(SARS-CoV-2関連脳症)の調査を行い、その臨床像及び臨床的特徴を明らかにしました。
 
1.調査対象は、2022年11月30日までの小児(18歳未満)のSARS-CoV-2関連脳症患者さん103人でした。
2.急性脳症症候群のタイプとしてはけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)が最も多く全体の26.2%を占めました。
3.極めて重篤な劇症脳浮腫型脳症(AFCE)と出血性ショック脳症症候群(HSES)が13.6%を占め、過去のウイルス関連脳症に比べて高頻度でした。
4.25%以上の患者さんが重篤な神経学的後遺症または死亡という転帰でした。     


Ⅰ 研究の背景と目的

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症が、時に小児に重篤な神経学的合併症として急性脳症を引き起こすことが分かってきました。私たちの2022年1月から5月までの調査で、オミクロン株BA.1/BA.2系統の出現後、小児患者さんの著しい増加に伴って急性脳症が増加し、特有の臨床・画像所見を示す急性脳症症候群は重症化する傾向にあることを報告しました(Sakuma H, Takanashi J, et al. Front Neurosci 2023)。しかし新型コロナウイルス感染症に伴い発症する急性脳症(以下SARS-CoV-2関連脳症)についての知見は不足していました。そこで本研究では、小児患者が激増したオミクロン株BA.5系統の流行期におけるSARS-CoV-2関連脳症の疫学を追加調査し、SARS-CoV-2関連脳症とSARS-CoV-2以外のウイルス関連脳症の臨床的違いを明らかにするために全国調査を行いました。


Ⅱ 研究の方法

 この調査は厚生労働科学研究・難治性疾患政策研究事業「小児急性脳症の早期診断・最適治療・ガイドライン策定に向けた体制整備研究班」(通称:小児急性脳症研究班、研究代表者:髙梨潤一)の事業として実施し、日本小児神経学会共同研究支援委員会の支援を受けました。調査方法は日本小児神経学会会員を対象としたWebアンケートを用い、2022年6月から11月までのBA.5系統流行期にSARS-CoV-2関連脳症を発症した18歳未満の患者さんを対象に、年齢・性別・臨床症状について調査しました。既存の調査結果(2022年1月から5月、BA.1/BA.2系統流行期)も合わせて、SARS-CoV-2関連脳症の臨床症状を比較し特徴をまとめました。この研究は「新型コロナウイルス感染症の神経合併症に即応するための臨床研究」(研究代表者:佐久間 啓)として東京都医学総合研究所倫理委員会による審査を受け、適切な研究であるとして承認されています(承認番号20-28(1))。
 
 
Ⅲ 研究の結果

1)オミクロン株BA.1/BA.2系統流行期とBA.5系統流行期でSARS-CoV-2関連脳症の臨床症状に有意な差はありませんでした。
 2020年1月から2022年11月までにSARS-CoV-2関連脳症と診断された患者は103人で、そのうちBA.1/BA.2系統流行期(2022年1月から5月)の患者さんは32人(0-14歳、中央値5歳)、BA.5系統流行期(2022年6月から11月)の患者さんは68人(0-15歳、中央値3歳)でした。BA.1/BA.2系統流行期と比較して有意差はないものの、BA.5系統流行期はCOVID-19関連脳症の発症時にけいれん発作を起こす患者さんが多く、68人中50人において、発症時にけいれん発作を認めました。
 
2)急性脳症症候群別ではけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)が最多であった
 急性脳症は、特徴的な臨床経過・画像所見を呈する複数の急性脳症症候群に分類され、症候群ごとに先行感染になりやすい病原体や転帰が異なります。本調査では103人のSARS-CoV-2関連脳症患者のうち、27人がけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)であり最も高頻度でした。

3)最重度の神経学的後遺症または死亡をもたらす脳症を引き起こす割合が高かった
 103人中、6人が劇症脳浮腫型脳症(AFCE)、8人が出血性ショック脳症症候群(HSES)という最重症の急性脳症症候群でした。過去のウイルス関連脳症の疫学調査結果と比較して、これら二つの脳症症候群はSARS-CoV-2関連脳症で発症頻度が高いことが明らかになりました(図1)。

図1

4)SARS-CoV-2関連脳症は他のウイルス関連脳症に比べて、予後不良の転帰となる患者が多かった
 SARS-CoV-2関連脳症の転帰は、完全回復が45人、軽度から中等度の神経学的後遺症は28人、重度の神経学的後遺症は17人、死亡は11人でした(図2)。SARS-CoV-2関連脳症では他のウイルス関連脳症の転帰とは異なり、回復した患者は少なく、神経学的後遺症を認める、またはお亡くなりになった患者さんが有意に多いことが明らかになりました。

図2

5)SARS-CoV-2関連脳症患者さんの多くは、新型コロナウイルスワクチンの未接種者でありました
 SARS-CoV-2関連脳症患者103人中、95人が新型コロナウイルスワクチンを接種していませんでした。そのうち劇症脳浮腫型脳症(AFCE)および出血性ショック脳症症候群(HSES)の患者さんは全て新型コロナウイルスワクチンを接種していませんでした。


Ⅳ 研究の意義

1.我が国ではインフルエンザなどのウイルス感染症に伴う小児の急性脳症が多いことが知られていますが、欧米での発生が少ないためこの病気は医療関係者の間でもあまり知られておらず、このことがウイルス関連急性脳症に関する研究が進まない原因の一つになっています。今回の研究成果が国際的な医学雑誌Journal of the Neurological Sciencesに掲載されたことにより、専門家の間でウイルス関連急性脳症に対する理解が深まることが期待されます。

2.インフルエンザなどの一部の例外を除き、年間に何人のこどもがウイルス感染症にかかっているかを示す正確なデータはありません。これに対して新型コロナウイルス感染症ではこの研究の実施期間中の正確な患者数が集計されていることから、急性脳症の発生率を予測しやすいというメリットがあります。

3.脳症症候群の中でも特に重篤な、劇症脳浮腫型脳症(AFCE)、出血性ショック脳症症候群(HSES)が好発する傾向が明らかになったことから、今後はこれらの症候群を重点的に研究することで、より多くの患者さんを救うことができるようになることが期待されます。


今後の課題

 我が国ではウイルス感染症に伴う小児の急性脳症が多いことが知られています。劇症脳浮腫型脳症(AFCE)、出血性ショック脳症症候群(HSES)は脳浮腫が急速に進行し致死率が高い疾患です。一方、発症が極めてまれであるため診断法、治療法が十分解明されていません。わが国の小児神経救急・集中治療の現場で残された大きな課題です。今後は、SARS-CoV-2関連脳症の中でも、これら2つに注目し、詳細な臨床経過を把握し、迅速診断のためのバイオマーカーや有効な治療開発に向けてエビデンスを構築していきたいと考えています。また小児に対する新型コロナウイルスワクチンの接種が急性脳症の予防につながるかどうかも確かめる必要があります。


 本研究は、厚生労働科学研究・難治性疾患政策研究事業「小児急性脳症の早期診断・最適治療・ガイドライン策定に向けた体制整備」研究班(通称:小児急性脳症研究班、研究代表者:髙梨潤一)の助成を得て実施されました。



【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
髙梨潤一(タカナシジュンイチ)
東京女子医科大学附属八千代医療センター小児科・教授、小児急性脳症研究班・研究代表者
〒276-8524 千葉県八千代市大和田新田477-96
Tel:047-450-6000 Fax:047-458-7047
E-mail: jtaka@twmu.ac.jp
 
<報道担当>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp
 
東京都医学総合研究所 事務局研究推進課
〒156-8506 東京都世田谷区上北沢2-1-6
Tel:03-5316-3109
E-mail:koho@igakuken.or.jp
 
参考サイト(用語説明など掲載)
小児急性脳症研究班ホームページ https://encephalopathy.jp

【プレス情報】
1.掲載誌名:Journal of the Neurological Sciences
2.論文タイトル:Clinical characteristics of SARS-CoV-2-associated encephalopathy in children: Nationwide epidemiological study.
3.著者名:Kasai M, Sakuma H, Takanashi J, et al.
4.DOIコード: 10.1016/j.jns.2024.122867.
5.論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo) :2024年1月3日