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2022年12月23日 【プレスリリース】筋疾患研究に有用な多層型ヒト骨格筋組織モデルと収縮力計測システムを新開発
筋疾患研究に有用な多層型ヒト骨格筋組織モデルと
収縮力計測システムを新開発
収縮力計測システムを新開発
公表ポイント 東京女子医科大学・先端生命医科学研究所の高橋宏信講師と清水達也教授のグループは、慶應義塾大学薬学部の長瀬健一准教授のグループと共同で高い収縮力を持つヒト骨格筋組織モデルを作製する技術を開発しました。さらに収縮力を定量的に計測できるシステムと組み合わせることにより、特定の薬剤が筋に及ぼす影響を収縮力変化から読み解くことができる技術を開発しました。 1.構造的・機能的に生体を模倣した精度の高いヒト筋組織の作製に成功しました。 2.独自の細胞シート積層化技術を駆使した高い収縮力を持つ筋組織を構築しました。 3.筋組織モデルは、筋収縮の変化を定量的に計測することが可能なシステムに適応しています。 4.薬剤により筋の収縮力が増加・減少する様子を筋組織モデルで生体外に再現できます。 5.将来的に筋疾患に対する創薬研究に有用な筋組織モデル・収縮力計測システムとして期待されます。 |
Ⅰ 研究の背景と経緯
筋ジストロフィーなどの進行性の筋力低下を引き起こす難治性筋疾患は症状が進行すると患者の生活に大きく影響を及ぼします。そのためかねてより治療法の確立が強く求められておりました。
しかし根本的な治療法のない筋疾患のメカニズムを解明し有効な治療法を開発するためには、従来の動物実験では得られない新たな知見を得ることができるツールが必要です。そこで近年、生体組織を人工的に再現する組織工学技術が発展したことにより、生体を模倣した筋組織モデルの開発に大きな期待が寄せられて参りました。
特に、動物実験だけではヒトに対する薬剤の影響を知ることができないため、ヒトの筋細胞から成長させた筋組織を作り上げることで、創薬研究の初期段階からヒトの筋に対する作用を知ることができると期待されています。しかしながら、動物細胞に比べてヒト細胞は生体外で成長しにくいため、筋として最も重要な収縮する能力が十分に備わっているヒト筋組織をモデルとして使用した筋疾患の研究は世界的にも未だに非常に少ないといったことが現状です。
この度本件の研究グループは、先端生命医科学研究所の独自の組織工学手法を応用し、収縮機能を有するヒト筋組織モデルを作製する手法を新たに開発しました。さらに収縮力を定量的に計測できるシステムと組み合わせることで、薬剤の影響によって収縮力が増加・減少する様子をモニタリングできる技術を開発することにも成功しました。
Ⅱ 研究の内容
先端生命医科学研究所において開発した細胞シート技術という独自の組織工学技術を応用し、生体に類似した筋線維が配向した構造を形成。さらに十分に収縮するまで成熟化させた「構造的・機能的に生体を模倣した骨格筋組織」を作製することに成功しました。併せてそのシート状筋組織を何枚も積み上げる技術を応用し、高い収縮力を生み出す多層型筋組織を作製しました。この筋組織は特殊な培養皿を用いることで生体と同様に配向した構造を持ち、それらを積層する上で人工材料を用いずに筋線維が3次元に積みあがるというユニークな構造となっています。
又この多層型筋組織は定量的に計測できる十分に高い収縮力を生み出すことができるため、本手法は”強いヒト筋組織“を作り出す技術と言えます。さらに当筋組織は、細胞と親和性が高く物理的に柔軟な素材でもあるフィブリンゲルを利用した手法を採用することで、日本光電工業㈱が開発した収縮力計測装置に適応できるように工夫されております。結果として、筋組織を電気刺激することで生じる筋収縮を計測することが可能になりました。
(図1) 細胞を配向させる特殊な培養皿の利用と細胞シート積層技術を基盤とする組織工学手法により、筋収縮に必要なサルコメア構造を形成するまで成熟化した筋線維を配向した状態でフィブリンゲル上に多層化することで “強い筋組織モデル”を作製できる
この筋組織モデルシステムを利用することで、筋に対する薬剤の作用をリアルタイムにモニタリングできることが実証されました。例えば、筋弛緩効果のあるダントロレンを投与することでこの筋組織モデルの収縮力が減少する様子を観察することができます。さらに、その減少率・減少速度が濃度依存的に変化することを捉えることができており、薬剤の影響を詳細に可視化できる組織モデルであることを明らかにしています。また、当筋組織モデルに筋への異なる作用が報告されているクレンブテロールを添加したところ、低濃度(~10μM)では筋組織の収縮力が増加する効果が見られる一方で、高濃度(100 μM)では逆に筋収縮が著しく低下する現象が観察されています。
このように、筋にとって最も重要な機能である収縮力の変化を観察することで、クレンブテロールの複雑な機構を生体外で捉えることが可能になりました。さらに、クレンブテロール投与後に持続的に収縮し続ける強縮という状態を観察すると、特定の濃度において筋力のピーク値は変化しないにもかかわらず、継続的に収縮するための持続性のみが低下していることを発見しています。このように、筋機能が部分的に影響を受けていることも定量的に知ることができる非常に有用なツールであることが実証されたわけです。
(図2) ダントロレンの影響によって筋組織の収縮力が半減する様子をモニタリングできる
(a)添加直後の収縮力、(b)添加10分後の収縮力、(c)収縮力変化の経時変化をモニタリング、(d)添加濃度に応じて収縮力の減少率・減少速度が異なる様子
(図3) クレンブテロールの影響によって収縮力が増加もしくは減少する様子をモニタリングできる
(a)0.1µMのクレンブテロール添加により増加する収縮力、(b)100µMのクレンブテロール添加により減少する収縮力、(c)低濃度では収縮力が増加する一方、高濃度では収縮力が減少する複雑な作用を生体外で検証できる
Ⅲ 今後の展開(将来展望)
本研究において、筋に作用する薬剤の影響を収縮力の変化によって捉えることができるヒト筋組織モデルと収縮力計測システムを構築することに成功しました。ヒトの筋組織であることのメリットを活かすことによって、これまでの動物実験では得られなかった新たな視点から薬剤の影響を知るツールとして、今後の筋疾患研究に利用されていくことが期待されています。
今回開発した筋組織モデルは正常な筋組織に対する薬剤の影響を知るために有効であり、現状の薬剤が筋に対してどのような作用・副作用をもたらすかを調べるために利用できます。さらにこの技術を応用することで、筋疾患を生体外で再現できる疾患組織モデルの開発が可能となるため、難治性筋疾患の治療法開発などに繋がる革新的な技術として将来的に活用が拡大されていくことが大いに期待されているところです。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
高橋 宏信(タカハシ ヒロノブ)
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 講師
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8112
E-mail: takahashi.hironobu@twmu.ac.jp
<報道担当>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp
慶應義塾大学 広報室
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel:03-5427-1541 Fax:03-5441-7640
E-mail: m-pr@adst.keio.ac.jp
【プレスリリース情報】
1.掲載誌名:Small Methods
2.論文タイトル:Engineered human muscle tissue from multilayered aligned myofiber sheets for studies of muscle physiology and predicting drug response
3.著者名:Hironobu Takahashi*, Haruno Wakayama, Kenichi Nagase, Tatsuya Shimizu
4.DOIコード:10.1002/smtd.202200849
5.論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo):オンライン掲載日:2022年12月23日