人の目を越えた目、人の手を越えた手
人工関節の手術は、患者さんの傷んだ関節面を、金属とポリエチレンやセラミックでできた人工関節に置き換える手術です。故障した機械を修理するのとは違い、患者さんの関節の形は1人1人違い、傷み方も1人1人違います。手術は、それぞれの患者さんの状態にあわせて、人工関節がピッタリはまるように入れなければなりません。そのためには、1ミリ単位、1度単位で調整しながら、関節の骨を削り、ピッタリサイズの人工関節を正確に入れます。まるであつらえた靴を履いたときのように、きつすぎず、ゆるすぎず、ピッタリ入った人工関節は、とても調子よく、痛みがなくなります。我々は、熟練した技術と経験、そして長年の研究から、最適と考えられる手術を行い、とてもよい治療成績をあげています。
しかし、1人1人違う関節の形、変形の程度を、より正確な目で判断し、より正確な手で手術を行うと、その手術精度があがり、もっと治療成績がよくなるかもしれません。「手術したことを忘れるほど、普通の関節」が人工関節の究極の目標です。人工関節は辛かった痛みがとれ、歩くのが楽になる、とてもよい手術ですが、「全く正常な関節」には、まだ及びません。
ロボット支援手術とは
患者さん1人1人の骨の形を、コンピュータが認識し、骨の削り方と人工関節の入れ方の計画を、1ミリ・1度単位で正確に提案し、医師がその提案された計画に修正を加えながら実行していく手術で、計画通りに正確に骨を削るための補助もしてくれます。鉄腕アトムやスターウオーズなどのSFの世界では、医療ロボットが勝手に手術をしていますが、ロボット支援手術の場合は、手術するのは医師であり、ロボットはサポート役に徹します。最終決定と実施は医師の手によってなされます。
国内では、現在4社が人工関節支援ロボットを上市しています。(以下発売順)
- ストライカー社 Mako
- 骨を削る機械がロボットアームに取り付けられており、患者さんの骨の上で、コンピュータで計画された正しい場所に骨を削る機械を誘導して、正確に骨を削ることを助けてくれる。
- スミスアンドネフュー社 CORI
- 医師が手に持った骨を削る機械がコンピュータ制御されており、コンピュータで計画された正しい場所でのみ動く仕組みになっている。必要のない部位では機械が停止することで、必要な部分の骨だけを削ることができる。
- ジンマーバイオメット社 Rosa
- 骨を削る場所をガイドする道具の置き場所を、コンピュータでの計画どおりにロボットが指示してくれる。医師は正しい場所に置かれたガイドにそって骨を削る。
- デピューシンセス社 VELYS
- 手術ベッドに取り付けたロボットアームに骨を削る機械が装着されており、コンピュータで計画された正しい場所に機械を誘導して患者さんの骨を正確に削ることを助けてくれる。
ロボット支援手術の長所と短所
ロボット支援手術による人工関節置換手術が、これまで通常に行われてきた熟練した医師による手術と比べて、よりよい結果をもたらすかについては、まだよく分かっていません。確かに、1ミリ・1度単位での正確性は向上するでしょう。しかし、それによって「全く正常に感じる関節」が得られるとは限りません。通常の手術と成績が変わらなかったとされる研究も報告されています。また、短所としては、手術時間が長くなる傾向があります。本来はスピーディに正確に手術を行うための機械ですが、手術中のセッティングなどに時間がかかるため、熟練した医師が行う手術よりも長く時間がかかることが多いとされます。手術時間の延長は合併症リスクを高めます。そのため、「ロボットを使った正確な手術」が本当に患者さんの為になるのかを、これからも研究していく必要があります。当科では、患者さんの承諾のもとに、さまざまな臨床研究を行っていますが、この問題についても研究し、よりよい医療に役立てていきます。
当院での取り組み
当院では、2021年に人工膝関節手術支援ロボットを導入しました。手術の正確性が向上しただけではなく、患者さん1人1人のあしの形の違いをそれぞれ考えて細かな調整を加えながら人工関節をいれる、いわば「テーラーメイド」の人工膝関節置換手術を行っています。
ひとは1人1人顔が違うように、あしの形も違います。これまでの人工関節置換術は、全員が術後にまっすぐなあしになるように手術することが正しいとされてきました。しかし、皆が生まれつきまっすぐだったわけではありません。その人にとって心地よいあしの形があるはずです。若かりしころの心地よいあしを取り戻すために、人の目を超えた目と人の手を超えた手をもつロボットの補助が役立つかもしれません。腕の良い仕立屋があつらえた服の様に、患者さん1人1人にあったテーラーメイド人工膝関節置換術を目指しています。