Cryptorchidism
停留精巣とは陰嚢(おちんちんの下のふくろ)の中に精巣(睾丸とも呼ぶ)が入ってない状態で、男の子の先天的な異常の中でもっとも頻度の高い疾患です。予定日で生まれた男の子100人のうち3人ぐらいに認められます。早産のお子さんでは頻度は高くなります。生後6ヶ月までは自然に精巣が降りてくる場合があり、1歳のお誕生日では100人に1人ぐらいの頻度で認めます。それ以降は自然下降がないので頻度は変わりません。
男の子の精巣と女の子の卵巣は両方とも生殖腺と呼ばれ発生的には同じものです。妊娠2ヶ月までは精巣と卵巣は区別のつかない状態で、胎児のおなかの中にあります。男の子になるか女の子になるかは染色体のうえの遺伝子で決まっていますから、男の子になる場合は妊娠2ヶ月ごろから生殖腺は精巣へと成長しながら男性ホルモンを作り、それと同時におなかの中からソケイ部(足のつけね)、陰嚢へと胎児の時期に下降してくるのです。女の子の卵巣はそのまま胎児のおなかの中で動きません。精巣が下降する理由は思春期(12~15歳頃)になって精子を作り出す場合に精巣の温度が体温より1~2℃低い環境が必要なためです。哺乳類の多くで精子の形成には涼しい環境が必要とされ、陰嚢は体の外に出ているので少しだけ温度が低いのです。
新生児の時期に注意深く陰嚢を触れば精巣が触れるかどうかわかります。精巣は6ヶ月までは自然下降が期待できますからそのまま様子を見てかまいません。6ヶ月をこえても精巣を陰嚢内に触れない場合は治療を考える必要があります。丁寧に診察して陰嚢内に精巣が触れるかどうかが検査としては最も重要です。
現時点でエコーやCT、MRIなどの特殊な検査はその診断性能の不確実さより必要性は疑問視されており当科では通常おこないません。
また2歳ぐらいのお子さんからは陰嚢内に精巣を触れたり触れなかったりすることがあります。これは「移動性精巣・遊走睾丸」などと呼ばれます。精巣には精管や血管がついているだけでなく、筋肉もついていて足のつけねの付近からぶら下がっています。この筋肉が反射的に収縮すると精巣はソケイ部のなか(ソケイ管内)に上昇して触れにくくなります。これは正常な反応であり、このような筋肉反射は小学生まで続きます。本人がリラックスしているとき(お風呂に入って気持ちのよいときなど)に陰嚢内に左右同じ大きさの精巣を触れるのであれば停留精巣ではなく、基本的に治療は必要ありません。
現時点では手術治療がよいと考えられます。なぜなら効果が確実で安全性が高いからです。他の治療法としてはホルモン療法があります。これは生殖腺を刺激するホルモンを長期的に注射や鼻腔へのスプレーで投与する方法で、主にヨーロッパで行われています。精巣の下降と成熟には性ホルモンの影響が必要であり、ホルモン療法により精巣が下降するとともに精子形成能を改善する可能性が言われています。しかしその下降率は外科治療より低く、ホルモンを長期的に投与することの安全性も確立しているとは言い切れないために米国での使用は少なく、本邦では保険適応となっていません。
ほかに病気のない元気なお子さんの場合は1歳のお誕生日の前後に手術を行うことをおすすめしています。
停留精巣の中でも精巣を足のつけねあたりに触知できる「触知できるタイプ」は最初から精巣固定術をおこないます。下腹部のソケイ部に2~3cmの横の切開を行い、精巣を見つけ、ついている血管と精管、筋肉をていねいに周囲からはがすと数cm伸びるので陰嚢まで精巣が届くようになります。陰嚢のしわに1cmぐらいの横の傷をくわえて精巣をむかえいれて糸で固定します。傷はすべて体に吸収される糸で縫いますから術後の抜糸などはありませんし成長とともにほとんどわからなくなります。手術は1時間から2時間かかります。
「精巣を触知できないタイプ(非触知精巣)」では麻酔がかかってから最初におなかの中を細い内視鏡でチェックすることをおすすめしています。なぜなら「精巣を触知できないタイプ」のなかにはもとから精巣がなかったり、きわめて小さくなっていて機能が期待できない精巣が含まれるためです。精巣はおなかの中から降りてきますから、おへそに小さな穴(直径5mmぐらい)を開けて細い内視鏡を入れるとおなかの中にあるのかどうかすぐにわかります。この操作は15分ぐらいで終わります。これで手術が必要かどうか、また手術の術式を決めてからソケイ部の切開をおこないます。カメラでみながらおなかの中で手術をおこなう場合もあります(腹腔鏡手術と呼びます)。極めて小さな精巣では摘出をおすすめする場合もあります。また精巣の状態によっては陰嚢内に固定するときに1mmぐらい組織検査のために切除することがあります(生検と呼びます)。組織を顕微鏡で観察(病理組織診断)することで生殖細胞の状態を調べます。
手術の合併症としては精巣の位置がとても高い場合に、きちんと陰嚢内に降ろせない、精巣の血のめぐりが悪くなって術後に精巣が萎縮してしまうということが起こりえます。
当科では1泊2日の入院をおすすめしています。日帰りも可能ですが、傷が小さい割にはおなかの中を操作しているために手術当日は腹痛、吐き気などから食事が上手にとれない場合があります。通常手術の翌日には元気になりますので無理なく退院できます。
ソケイ部の傷は薄いフィルムで被われており、退院後の消毒などは不要です。
退院してから2日間ぐらいは痛がることがありますので痛み止めの座薬を使用してください。陰嚢は少し腫れていますが心配は要りません。傷はフィルムでカバーしているか、もしくはスプレーで表面をコーティングしていますから消毒は不要です。術後48時間(2日)たってからシャワーは大丈夫です。ウンチで陰部が汚れた場合は手術直後であっても温水シャワーで流してかわいたタオルでふいてください。入浴は(おフロ)は3日目以降大丈夫です。基本的には消毒は必要ありませんが、気になる場合は市販のスプレータイプの消毒薬を使用してください。
日帰りで手術した場合は手術当日に少し吐いたりすることがあります。当日は飲み物を中心に軽い食事にしてあげてください。もし吐き続けたり、高熱(39℃以上)が続くようであればご連絡ください。元気であれば翌日からは普通の食事で結構です。
手術後1~2週間ごろに来院していただき、傷をチェックします。この1週間の間に特別な動きの制限はありません。しかし陰嚢を刺激するような遊び(三輪車にのったり、ものにまたがる遊び)、プール、体操などで無理に下腹部をストレッチさせる運動は手術後2週間はやめてください。傷が出血したり化膿したりすることは滅多にありませんが、何か心配なことが生じたときは電話、FAXで担当医にご連絡ください。
術後3ヶ月目に外来を受診していただき、傷の状態と、陰嚢内でどのように精巣を触知するか確認します。おなかの中にあったような場合は精巣の大きさが小さいことが少なくありません。成長しても左右同じ大きさにはなりませんが1年に1回精巣大きさをエコーで確認することをおすすめしています。外来通院は可能であれば思春期まで2~3年に1回継続することをおすすめしています。思春期前までの特別な血液検査(ホルモン検査)は現時点ではその意義が不明であり通常おこなっていません。思春期以降は本人が母親に相談することがなくなりますが、自分でときどき精巣を触って異常がないかどうか確かめることを指導しています。
今後、乳幼児期の治療が進んで改善することが期待されています。片側だけの停留精巣男子の不妊率は10~30%とも言われていますが、ほとんど正常な男性とかわらないという報告もあり明確ではありません。
停留精巣は男性の不妊の原因としては5番目とされています。不妊検査の基本は精液を顕微鏡で調べて精子の数や動きの状態を調べることです。これは思春期以降にマスターベーションをしなければできません。この検査はこどもを欲する男性がおこなう必要があっても、停留精巣のお子さんが必ずおこなう必要があるとはいえません。停留精巣では片側であってもこの精液検査で精子数が少ない場合が多いことが知られています。しかし精子数と妊娠率は必ずしも比例しないために最近は片側の停留精巣では以前のように不妊率が高いとは言われていません。また両側停留精巣の場合でも不妊治療が進んでいるために今後こどもが作れる可能性は高くなると思われます。