Vesicoureteral reflux
膀胱尿管逆流とは腎臓(左右二つある)から尿管(腎臓と膀胱をつなぐパイプ)、そして膀胱へと流れていく尿が、おしっこをするときに膀胱から尿管、腎臓へと逆もどりする現象をいいます。英語の略語でVUR(ブイ・ユー・アール)と通常呼ばれ、乳児では100人に1人ぐらいの頻度で認められます。1才以下では男の子で多く見つかりますが、それ以上の年齢になると女の子に多く見つかります。正常では膀胱と尿管のつなぎ目がしっかりしていて、おしっこをするときにはこのつなぎ目が閉じて、膀胱の出口(尿道)からだけ尿が出ます。膀胱尿管逆流のお子さんではこのつなぎ目が閉じきれず、尿管のほうへ漏れてしまう(逆流する)わけです。
こどもの発熱、特に赤ちゃんの発熱の原因の5~10%におしっこに細菌が浸入するために起きる尿路感染があります。細菌(ほとんどが大腸菌)はおしっこの出口から膀胱に入ってきますがここで侵入が止まれば、膀胱炎になることはあっても熱は出ません。ところが膀胱尿管逆流のあるお子さんは、おしっこをするたびに膀胱の出口からおしっこが出るだけでなく、尿管の方にもおしっこが逆戻りするために、細菌が腎臓まで送り込まれてしまいます。腎臓は体の中でもっとも血液の豊富な臓器であり、ここに細菌が取り込まれると39~40℃という高熱を出しやすいのです。これを腎盂腎炎と呼びます。もちろん逆流がなくても腎盂腎炎は起きることがありますが膀胱尿管逆流のあるお子さんでは、その頻度が高いのです。1歳以下の赤ちゃんで腎盂腎炎を起こした場合、きちんと調べると半数以上に膀胱尿管逆流が見つかります。
おしっこが腎臓に逆流すること自体は恐くないのですが、腎盂腎炎を繰り返すと腎臓に瘢痕(はんこん)が出来て、その部分の成長が悪くなります。やけどのあとが大人になっても残るような感じです。あまり瘢痕が大きいと腎臓が小さくなり、腎臓の機能が低下することがあります。これが一番気をつけなければいけないことです。また逆流の程度が強いお子さんでは、生まれた時から逆流する側の腎臓が小さいこともあります。腎臓はふつう2個ありますから1個が正常であれば大きな心配はないのですが、2個とも小さい場合や、もとから1個しかない様な場合は注意して成長を見守る必要があります。このような腎臓の瘢痕や腎臓の正確な大きさは腎シンチグラムという検査で診断します。これは少量のアイソトープ(放射性同位元素)を注射して行う検査ですが、普通のレントゲン写真より放射線による影響ははるかに少なく、小さなお子さんでも外来できわめて安全に行える検査です。日本アイソトープ協会ホームページにアイソトープについて説明があります。ご参考にしてください。
膀胱尿管逆流はおしっこをするときに見つかることが多いので、排尿時の造影レントゲン検査(排尿時膀胱尿道造影)が診断には必要です。超音波検査(エコー)では、残念ながら確実な診断は出来ません。検査の時は、おしっこの出口から細いビニールのチューブを膀胱までいれます。チューブからレントゲンに写る造影剤と呼ばれる薬の入った水を膀胱に注入していきます。膀胱がいっぱいになるとこども、特に赤ちゃんではすぐにおしっこを出します。この瞬間にレントゲンを撮ると逆流のあるなしがはっきりわかります。
最初のチューブを入れる時がこどもにとっていちばん嫌な瞬間で、泣く子も少なくありません。また、おしっこをしてもらわなければならないので検査前にあまり眠くなるような薬も使えません。そこで私たちの施設では、アニメなどのDVDを見ながら検査ができるようにしています。お子さんの不安が強く、検査がスムーズに行えないような場合はご家族に付き添っていただくこともあります。検査後におしっこをするときに痛がることがありますが、最初の1~2回のみでじきにおさまります。
軽度の膀胱尿管逆流は成長と共に自然に消失します。赤ちゃんの時に程度が重くても、成長と共に軽くなることもよく知られています。一般に逆流の程度は軽症から重症までⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ度と5段階に分けます。0歳児の逆流は重症なⅣ、Ⅴ度が多いのですが、小学生ぐらいではⅠ、Ⅱ、Ⅲ度が増えます。腎盂腎炎を繰りかえさなければ自然消失を待てますから、治療の第一段階は抗菌薬(抗生物質などの細菌をやっつける薬)を1日1回少量だけ、飲み続けて自然消失を目指す治療法が中心になります。この方法は予防投与法と呼ばれ、薬に対してアレルギーなどがなければ極めて安全な方法といえます。まず1年間は予防投与法を継続するつもりで始めることが大切です。
予防投与法をしている期間に、再び細菌がはいって腎盂腎炎を起こすときや、1年、2年と自然消失を待っていても変わらない重症の逆流(主にⅣ、Ⅴ度)、逆流が見つかったときにすでに腎臓に明らかな瘢痕があり、年齢も4~5歳以上になっているようなときは手術(逆流防止術)の適応となります。また抗菌薬を毎日飲み続ける予防投与法に不安を抱かれるご家族に対しては、早い時期に手術で逆流を止めることをすすめる場合があります。
手術方法は尿管と膀胱のつなぎ目を補強することです。膀胱の内側から尿管のつなぎ目をはずして膀胱の壁の中に尿管を埋め込む方法(コーエン法、ポリタノ・レッドベター法)と、膀胱の外側から尿管を膀胱の壁の中に埋め込む方法(膀胱外再建法、リッチ・グレゴアー法)があります。どちらの方法も膀胱の壁の中に尿管の通るトンネルを作る形になり、手術成績は極めて安定しています。当科で最近5年間におこなったお子さんの手術成績は、いずれの方法でも100%の逆流防止効果が得られています。
手術の傷はパンツに隠れる4~5cm位の横の傷で、成長と共にほとんどわからなくなります。全て皮膚の下で縫われていますので抜糸はありません。
手術時間は細かい手術ですから2時間から3時間かかります。手術が終わったときには尿が出せるようにおしっこの出口から細いビニールのチューブが膀胱まで入れてありますが、通常術後1~2日目に抜きます。術後1週間ぐらいおしっこに血が混じる場合もありますが心配はいりません。
主な合併症としては、逆流が止まらない場合と、なおした尿管のつなぎ目が狭くなる場合です。しかし当科ではこの5年間にこの様な合併症はありませんでした。片側だけの逆流では逆流防止術後に反対側にあとから逆流が生じることが10%前後あると言われています。当科でも反対側に逆流が出現した方を経験しています。もともとなかった逆流ですから程度は軽く、そのまま自然消失を待っていて心配ありません。術後に血尿が強くなることもありますが、当科ではこの手術で輸血を必要としたことはありません。
当科における最近5年間の平均術後入院期間は4日間です。2000年からは手術当日の朝に病院に来ていただける患者さんは、直接手術室に案内しています。小児麻酔の専門家の協力による手術中の全身管理、術後にチューブなどを体につけない、つけてもできるだけ短時間で取り除く術後管理をおこなっています。手術後24時間ぐらいは機嫌が悪く、あまり食事や飲み物を欲しがりませんから点滴をしますが、手術をして2日たつとほぼ飲水が普通に戻ります。通常手術をして2日たつ頃には体の外にチューブや点滴の管はついていません。この手術は正確に行えばきわめて成功率が高く、術後の入院期間やチューブの留置期間などと成功率には関係がありません。一般に体につけているチューブが多いとこどもは動きにくく、発熱やチューブがつまったりするトラブルが増えます。また膀胱内のチューブはこどもに強い痛みを引き起こし、血尿の回復を遅らせます。安全な手術であれば、短い入院管理はなによりもこどもにとって楽な状態といえます。
現在当科で逆流防止術を受けた場合は、お子さんが元気になり、ご両親の不安のなくなる手術後2~3日目の退院がほとんどです。傷はフィルムで覆われており家に帰ってから消毒などの特別な処置はなにもありません。一般にきれいな手術の傷は毎日消毒する必要はありません。フィルムによる閉鎖処置のほうが早くきれいによくなるのです。退院後からシャワーを使用してもらいます。手術後1週間は十分な水分の摂取が大切です。食事に関しては特別な注意はありません。
手術後10日間ぐらいはトイレの回数が多く(1時間に3回ぐらい出るときもあります)、排尿時に痛がることが少なくありません。またこの時期は血尿が出ておしっこが赤くなります。特に膀胱内から手術した場合にこのような症状が出ます。膀胱外再建法ではこのような症状は極めて少ないといえます。いずれにしても通常の術後症状です。このような場合退院時にお渡しする痛み止めの座薬を6時間おきに使用していただいて問題ありません。また膀胱の刺激を抑えるために抗コリン薬を退院時にお渡ししている場合はこれを1日1~3回服用してください。何か困ったことが起きたときはご連絡ください。
手術後10~14日目ごろに外来に来てもらいます。傷のチェックと尿検査、腎臓の超音波検査をおこない問題がなければ次回は術後3ヶ月で受診していただきます。抗菌薬の予防投与は術後1~2ヶ月は継続しています。術後3ヶ月目での尿検査、腹部超音波検査で問題がなければ一段落です。小学校に入るまでは年1回の受診となります。手術成功率が極めて高いのでこどもが嫌がる排尿時膀胱尿道造影を術後おこなうことはありません。経過観察期間は思春期(15歳頃)までを目安にしていますが、まったく腎瘢痕のないお子さんの場合、長期間にわたって受診する必要はありません。経過観察のポイントは成長に伴い蛋白尿が出ないかどうか、血圧が高くならないかどうかを見ることにあります。 女児の場合は将来妊娠、出産をむかえる時に泌尿器科を受診していいただくよう説明しています。