Hydronephrosis
水腎症とは腎臓で作られた尿の流れがせきとめられて、尿の通り道や腎臓の中に尿がたまって拡張した状態をいいます。拡張の程度はさまざまで、腎臓が尿でボールのように膨らんで見える場合もありますし、正常に比べてわずかに拡張しているだけで病気とはいえない軽いものまであります。尿は川の流れのように腎臓から尿管、膀胱、尿道へと流れて体外に出て行きます。この流れの途中に狭い場所、流れにくい場所があるとそこより上流の尿路が拡張して水腎症が生じます。こういう病態を「尿路閉塞」と呼びますが、完全に閉塞しているわけではなく多くの場合、狭窄があっても尿は流れています。
こどもの水腎症の原因は先天的な狭窄がほとんどです。
狭窄する場所で最も頻度の高いのは「腎盂尿管移行部狭窄」といわれる腎臓と尿管のつなぎ目が狭くなっている場合で、水腎症の原因の約70~80%を占めています。その次は尿管と膀胱のつなぎ目が狭くなっている場合です。この場合は尿管も太く拡張していますので「巨大尿管症」と呼びます。拡張した尿管の先端が膀胱の中に風船のように飛び出してる場合は「尿管瘤」と呼びます。
こどもの先天性の病気では何らかの遺伝子が関与していると考えられますが、現時点でヒトの水腎症をひきおこす遺伝子や遺伝傾向はわかっていません。
最近は赤ちゃんが生まれる前に産科でエコー(超音波検査)が行われ、妊娠25週ぐらいで見つかってくる水腎症が増えています。水腎症は胎児検査で見つかる異常の中で最も頻度の高い疾患です。妊娠中に気がつかなくても新生児期にエコーでおなかをチェックする病院も増えており、胎児期・新生児期に見つかるケースが全体の半分以上をしめています。このような赤ちゃんのほとんどは元気な赤ちゃんで何も症状がありません。ただしとても大きな水腎症はおなかの半分ぐらいを占めることがあり、お母さんが赤ちゃんのおなかの中に腫瘤を触れることで気がつくことがあります。これに対して年長児では何らかの症状を伴って見つかることが多いといえます。生後6ヶ月ぐらいから1歳前後ではおしっこに細菌がついて熱を出したあとに発見される水腎症が多く、幼稚園児や小学生では腹痛を訴えて発見される水腎症があります。いずれにしても最初はエコー検査で診断されることが多いのです。
胎児や乳児の水腎症はその拡張の程度で拡張の軽い1度から拡張の強い4度まで4段階に分けます。1度は病的とは考えません。4度の場合は次の2種類の検査をおすすめします。
ひとつは排尿時の造影レントゲン検査(排尿時膀胱尿道造影)です。これは尿路の拡張が尿路の狭窄によっておこっているというより、尿が膀胱から腎臓のほうへ逆流しているためにおきている場合があるためです。詳しいことについては膀胱尿管逆流症の項を読んでみてください。
もうひとつは利尿レノグラムと呼ばれる腎シンチグラムです。この検査は腎臓の機能と尿路の狭窄の程度を調べる検査です。水腎症で腎臓がボールのように膨らんでいると腎臓が悪いと決めつけてしまうお医者さんがいますが、赤ちゃんの水腎症では高度の水腎症でも腎臓の機能がよく保たれている場合が多いのです。腎臓の機能はエコーでは正確に診断できませんし、血液検査では右と左の腎臓を別々に調べることが出来ません。
利尿レノグラムでは少量のアイソトープ(放射性同位元素)を点滴から注射して特殊なカメラで右と左の腎臓の働きを約40分間追いかけて調べます。検査の途中で利尿剤(ラシックスと呼ばれる薬)を使用することで尿路が本当に狭いのか、狭く見えるだけなのかを調べます。この検査は赤ちゃんに行ってもきわめて安全な検査であり、アイソトープによる放射線の影響は普通のレントゲン写真を一枚撮るよりよりはるかに少ないことがわかっています。これらの検査に加えて年長のお子さんでは排泄性尿路造影という造影剤を注射して狭窄部の形を確認するレントゲン検査をおこなう場合もあります。乳幼児では造影剤を使った検査をしてもおなかのガスが多いためよくわからないことが多く通常はおこないません。水腎症の程度が2~3度では尿路感染症を起こす、腎盂の拡張が変化するなどで4度に準じた検査を検討します。
尿路が狭くなっていると尿が通りにくいために腎臓に無理がかかります。つまり腎臓の機能が悪くなる可能性があります。水道の先につけたホースに狭いところがあると蛇口の部分に無理がかかるのと同じような感じです。腎臓の機能が悪くなるかどうかは尿路の狭さの程度によります。
また尿路が拡張して尿がたまっていると細菌がついて高熱の出る尿路感染症を起こします。
さらに水腎症が急に強くなるとおなかが痛くなります。これは急に腎臓が張るために神経が刺激されるのです。尿がたまっていることから尿路結石を合併することもあります。
症状がなくて腎機能が保たれている水腎症では経過を観察します。1歳以下の赤ちゃんでは大体3ヶ月おきにエコーで経過をチェックします。逆に尿路感染で熱を出したり、おなかを痛がったりする場合や、腎機能が低下してきている場合は狭いところを直す手術が必要になります。一般にエコーによる診断で4度の水腎症では手術が必要になる場合が多く、3度以下で逆流のない水腎症は手術が必要になることは少ないといえます。
程度の強い水腎症では乳児期に尿路感染をきたす可能性があるため、生まれてすぐに見つかったときは1歳ぐらいまで少量の抗生物質を予防的に毎日1回飲むことをすすめる場合があります。
腎臓と尿管のつなぎめが狭くなっている場合で腎盂形成術と呼ばれる手術を行います。これは狭窄部を切除して形よくつなぎなおす手術で全身麻酔をかけて行います。麻酔がかかったら最初に膀胱の中を内視鏡で観察した後、尿管に糸のような細いチューブを入れて狭窄部の形・長さ・正確な位置をレントゲンで確認します。手術は通常おなかの横に約5cmの横の傷で行います。きれいにつなぎなおしたあとに尿がつなぎめから漏れるのを予防する目的で尿管の中に細いビニールのチューブを置いてきます。このチューブ(ステントと呼びます)は通常からだの中に腎臓と膀胱をつなぐように留置されます。
入院期間は通常3~4日間です。退院して6~8週間後に日帰り麻酔を行って、おしっこの出口から膀胱に内視鏡を入れてチューブを抜去します。手術の状況によってはおなかの脇から細いゴムの管(腎ろうと呼びます)を術後1週間ぐらい入れて尿が出るようにしておくこともあります。この場合は腎ろうを抜いてから退院することをお勧めしますので入院期間は約9日間となります。
当科における手術の成功率は95%以上で、最近5年間での再手術はありません。
尿管と膀胱のつなぎめが狭いので、狭いところを切除して膀胱とつなぎなおす尿管新吻合術と呼ばれる手術をおこないます。尿管がとても太くなっている場合は尿管の形を細く整えてあげる尿管形成術も一緒に行います。手術方法は膀胱尿管逆流のときに行う手術とよく似ていますので逆流の項目を参考にしてください。尿管形成を行った場合は尿管の中にステントを入れておくことがあり、その場合は術後1~4週間で抜去します。
尿管瘤は膀胱の中に尿管末端がこぶのようにふくらんで突出している状態です。尿管瘤を伴う水腎症ではひとつの腎臓が上下に分かれていて上からと下からと2本尿管が出ている場合があります。このような場合は上側の腎臓から出た尿管の先だけが尿管瘤を作っていて、水腎症も上半分だけになっています。手術方法にはいくつかのオプションがあり、膀胱の中に内視鏡を入れて尿管瘤に小さな穴を開けるだけの場合(経尿道的瘤切開)から上半分の腎臓と尿管瘤を全部切除する場合までお子さんの状態と、腎臓の機能をみて判断します。カメラで穴を開けるだけの手術は1~2日間の入院です。
術後につなぎめが再狭窄を起こす場合があります。これはつなぐ手技の問題というより、腎臓と尿管をつないだ場所が曲がった形になるためにおきることが多いと思われます。この場合も尿は流れているのですが水腎症は改善しません。当科では最近5年間に子どもの腎盂形成術で1回だけこの原因で再手術を施行しています。
またつなぎめから尿が漏れて熱を出すことも考えられますがステントや腎ろうを留置した場合はまず漏れることはありません。ステントを留置した場合は抜去するまでの間に尿路感染をきたして熱を出すことがあります。通常これを予防する目的で抜去までのあいだ1日1回抗菌薬を少量飲んでもらいます。
つないだ部分に狭窄がおきるほかに膀胱から尿が逆流する可能性があります。きわめて太く拡張した尿管の場合は尿管形成を加えても術後の水腎症がなかなか改善しにくい場合があります。
膀胱の中に飛び出している尿管先端に穴を開けるので術後に尿が膀胱から腎臓へ逆流する頻度は高いといえます。ただし逆流があるからすぐに再手術が必要とはいえません。
これらの合併症をきたした場合は術後十分に経過を見てから、本当に再手術が必要なのかどうか慎重に判断をすることになります。またステントを使わないで手術を行った後に一時的に水腎症が悪化することがあり、その場合は麻酔をかけてステントを入れる場合があります。
通常退院後1~2週間目に外来に来てもらい傷の具合を見ます。傷はフィルムでシールされていますので自宅で消毒などは不要です。縫った糸はすべて皮膚の下に隠れており数週間で吸収されるため抜糸はありません。
手術後1~2ヶ月はつなぎめがむくむため水腎症が悪化する場合があります。通常3ヶ月でエコーをおこない水腎症が改善していれば1年後にエコーと利尿レノグラムを行い手術前と比較します。年長のお子さんでは排泄性尿路造影をおこなってつなぎめの形を確認する場合もあります。
膀胱の部分で手術を行った場合(尿管新吻合術・経尿道的尿管瘤切開術)は手術後3ヶ月で排尿時膀胱尿道造影を行い逆流がないかどうか確認します。1年後からは年に1回外来に来てもらいエコーで状態を確認します。
経過観察の期間はお子さんの状況によって異なりますが術後経過に問題がない場合は就学前は年1回、小学校時代2~3回、中学校1回、高校1回の頻度での外来受診をお願いしています。