神経膠腫(グリオーマ:glioma)治療方針
担当医
都築 俊介(助教)、小林 達弥(助教)、郡山 峻一(助教)、呂 聞東(助教)、新田 雅之(非常勤医師)
外来担当医師
月曜日 村垣善浩
火曜日 小林達弥 呂聞東
水曜日 丸山隆志
木曜日 郡山峻一 新田雅之
月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 | |
---|---|---|---|---|---|
午前 | 村垣善浩 手術日 | 小林達弥 | 丸山隆志 手術日 | 郡山峻一 | 手術日 |
午後 | 村垣善浩 手術日 | 小林達弥 | 手術日 | 郡山峻一 | 手術日 |
高難易度の手術は水曜日に丸山隆志医師チームにて行います。
水曜日の午後が手術の場合に、チームメンバーによる代診が行われる場合があります。
1.東京女子医科大学の治療方針
手術
当院での神経膠腫(グリオーマ)治療の特徴は、情報誘導手術(11) と精密な脳機能モニタリングによる、最小限の合併症で最大限の摘出を目指す方針です。近年、神経膠腫に関して、より高い摘出率が治療成績を改善することが当施設からの報告(17)(18)(1)(2)を含め世界中から報告され、より高い摘出率をめざす方針が標準的になりつつあります。隣接する正常の脳に浸潤する性格をもつ神経膠腫であっても、手術によって可能な限り腫瘍細胞の数を減らすことにより、後療法を有利に進めることができ、予後の改善につながるという考え方からきています。脳腫瘍の手術では以下の特徴があります。
・術中MRIを用いることで、手術での摘出精度を高めることができます。
・術中診断や組織の悪性度を検知(flow cytometry)することができます。
・脳機能のモニターにより運動機能を計測しながら腫瘍摘出ができます。
・覚醒下手術により言語機能や詳細な脳機能の損傷を最小限に防ぐ腫瘍摘出ができます。
適切な手術を遂行することは、その後の治療の効果をより優位に高めることができます。2000年からの当施設での治療データベースを基に、グレード2、3、4それぞれの治療方針を立てています。全摘出を目指す症例、部分摘出でも許容される症例、手術が治療成績に影響しない症例など、個々の症例に応じて当施設での資料やデータを基に相談することをモットーとしています。
手術後の治療
摘出された組織から、腫瘍の病理診断に加え、腫瘍に生じている様々な遺伝子異常を解析し(遺伝子診断)、それらの結果を総合的な診断して治療方針を決定します。国内や海外のコンセンサスに基づいた標準的な放射線・化学療法を施行します。さらに、標準的な治療方法では治療成績が向上しない種類の悪性腫瘍の場合には、臨床研究や治験などの新規治療法が選択できる体制をとり、幅広いオプションを準備しています。その他、手術に必要な検査は、他大学や他医療機関など所属や場所を問わずに施行しています。
2.東京女子医科大学での年間手術件数と治療成績
当院は、年間200件以上の脳腫瘍の手術を行っており、特に神経膠腫(グリオーマ)は毎年日本一の手術件数を誇っております(表1)。
表1 東京女子医科大学神経膠腫手術件数
2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
神経膠腫 (グリオーマ) 手術件数 |
186 | 141 | 139 | 127 | 109 | 111 | 96 |
全脳腫瘍手術件数 | 386 | 336 | 354 | 336 | 246 | 248 | 228 |
当院で治療を受けた患者さんの経過(治療成績)を示します。2000年から2016年までの16年間で、初めて神経膠腫(初発神経膠腫)の手術を受けた患者さんのデータ(統計)です。(2021年のWHO分類にて神経膠腫の分類改訂されましたが、以下のデータは2016年分類に基づいたものを示しています)
A.東京女子医科大学成人初発低悪性度神経膠腫(グレード2) 手術症例治療成績
組織型 (WHO2016分類) | 症例数 | 生存期間中央値 | 10年生存率 |
---|---|---|---|
グレード2全症例 | 269 | 未達 | 78% |
乏突起膠腫 | 159 | 未達 | 91% |
IDH変異型星細胞腫 | 74 | 未達 | 71% |
IDH野生型星細胞腫 | 36 | 7.7年 | 40% |
B.東京女子医科大学成人初発退形成性神経膠腫(グレード3)手術症例治療成績
組織型 (WHO2016分類) | 症例数 | 生存期間中央値 | 10年生存率 |
---|---|---|---|
グレード3全症例 | 265 | 未達 | 65% |
退形成乏突起膠腫 | 94 | 未達 | 84% |
IDH変異型退形成性星細胞腫 | 87 | 未達 | 70% |
IDH野生型退形成性星細胞腫 | 84 | 3.9年 | 29% |
C.東京女子医科大学成人初発膠芽腫(グレード4)手術症例治療成績
生存期間中央値:18.2ヶ月(生検症例を含む全症例の治療成績)
1年生存率:71%、3年生存率:26%
画像上全摘出できた場合の生存期間中央値:23.0ヶ月(2)
膠芽腫に関しては、近年いくつかの新しい治療方法が開発され、治療成績は徐々に改善しています。
*化学療法剤テモゾロミド導入後(2006年~)
生存期間中央値21.9ヶ月、1年生存率75%、3年生存率31%
*自家腫瘍ワクチン併用(自費診療、2004年~)
生存期間中央値31.3ヶ月、1年生存率64%、3年生存率46%
*タラポルフィン-PDレーザーを用いた光線力学的療法併用(2009年~、2014年から保険適応)
生存期間中央値31.5ヶ月、1年生存率100%、3年生存率42%
*オプチューン(2018年〜)電場を用いた新規治療法で初発膠芽腫患者が対象になります。
3.東京女子医科大学での治療方法
A.術中MRIを核とした情報誘導手術
従来の手術は外科医の経験と技術によって判断施行されていました。我々は手術の成功確率を上げるために、客観的で再現性のある情報に基づいた手術-情報誘導手術-を提唱してきました。現在、それを提供する場が東京女子医科大学インテリジェント手術室であり、腫瘍の位置情報(解剖学的情報:術中MRIとナビゲーション)、どこに重要な脳の働きをする場所があるかの情報(機能的情報:覚醒下手術や運動神経モニタリング)、摘出したものが腫瘍であるかどうかの情報(組織学的情報:術中迅速診断や5ALA)を提供しながら、手術を遂行しています(24)。この3種類の情報を駆使して摘出する部位を決定するのが情報誘導手術で、情報誘導手術を実行する場所がインテリジェント手術室です。本システムは国際的な医学雑誌lancet oncologyで世界13施設の中に紹介されています(11)。
解剖学的情報を提供する術中MRIは、手術中にMRI検査ができる装置(術)であり、情報誘導手術の核となります。術中MRIによって、腫瘍摘出後に残存した腫瘍を画像で示されるために、残存腫瘍を追加摘出でき、腫瘍の取り残しが少なく最大限の腫瘍摘出が可能になりました(12)(20)。結果としてMRI画像上の腫瘍の平均摘出率は90.6%(中央値96.7%)でした。また、手術中の緊急事態や出血も術中MRI画像で術中に確認できるため、より適切な対処につながり、術後出血率は0.8%でした(一般には1-3%)。この術中MRI画像を基にしたナビゲーションは術中の変化に対応しており、車でいえば渋滞情報を随時更新するナビゲーションのようなもので、正確に術者に状況を示します。初代術中MRIは2000年から2013年まで、2013年以降は2代目の術中MRI装置が稼働しており、これまでに約2000例の手術を行ってきました。
表2.東京女子医科大学神経膠腫摘出術における術中MRIの使用率と摘出率
術中MRI使用率* | 摘出率中央値 | 平均摘出率 | |
---|---|---|---|
グレード2 | 93% | 95% | 86% |
グレード3 | 87% | 95% | 90% |
グレード4(膠芽腫) | 80% | 99% | 94% |
*緊急性を優先し、術中MRIが使用できない場合もあるので使用率100%ではありません。
機能的情報としては、運動神経が傷ついていないかをみる運動誘発電位を全症例でモニタリングしており、半身不随(麻痺)の出現を防ぎながら手術を進めます。また、言葉の神経(言語野や言語神経)に近いところの腫瘍を摘出する際には、患者さんが起きた状態で会話をしながら腫瘍摘出を行う覚醒下手術を行い、言語障害(失語症)を最小限に抑えます(21)(22)(24)。運動神経に近い腫瘍では、上記の運動誘発電位モニタリングに加え、覚醒下手術で運動機能を細かくチェックしながら手術を行う場合もあります。
覚醒下手術は2000年以降、約500例に施行しています。
組織学的情報の基本は、手術中に小さな腫瘍組織を採取してインスタントで病理診断を行う術中迅速診断です。術中迅速病理診断によって、摘出した腫瘍がどのような腫瘍であるか(腫瘍の種類や悪性度)を確認するとともに、腫瘍摘出後の断端を採取して、まだ腫瘍細胞が多く残っているのか、正常脳に近いとこまできているのかを確認します。最近では術中にフローサイトメトリー(細胞のDNA量を測定することにより、異常な染色体数を有する腫瘍細胞や増殖している腫瘍細胞と、染色体数が正常で増殖していない正常細胞を見分ける方法)(7)(23) を用いて、神経膠腫の術中悪性度診断や、浸潤部位の残存腫瘍量を測定することにより、摘出する範囲の意思決定に利用しています。また最近は、神経膠腫(グリオーマ)の病理診断に必須となったIDH変異などの遺伝子情報を手術中に同定する臨床研究を行っており、手術中に神経膠腫の病理・遺伝子診断を行って摘出の意思決定に用いる試みを行っています。
2019年10月からはインテリジェント手術室での手術は終了となり、「Hyper smart cyber operating theater (Hyper SCOT)」(図2)と呼ばれる新たな治療室の運用が開始されました。「Hyper SCOT」とは、術中MRIを中心とした各種の医療機器をパッケージ化し(図2A)、OPeLiNKとよばれるミドルウェアを介してネットワークでつなぐことにより医療情報を統合表示することで(図2B)、手術中の患者の状況をリアルタイムに把握し、安全性と医療効率の向上を目指す近未来の治療室です。
図1. インテリジェント手術室
図2. Hyper SCOT
B.標準的な放射線化学療法
手術後にどのような補助療法を行なうかは主治医により意見が分かれるところです。しかし最近では欧米を中心に、複数の施設による大規模で多数の患者に対して信頼性の高い試験が行われております。我々はそれらの最新結果を基にして十分な説明を行い、同意を得た上で補助療法を決定しております。また、日本国内でも同様の試験が行われており、その中心となる組織である日本臨床腫瘍グループ(Japan Clinical Oncology Group: JCOG)の脳腫瘍グループ に参加している施設の一つです。現在の補助療法を下記に挙げますが、これらは一般治療方針であり、患者さん毎に異なる場合や新たな試験結果で変更する場合があることをご了解ください。
初発神経膠腫に対する治療
-
<グレード2:境界が明瞭な腫瘍の場合>
機能の温存を図りつつ最大限の摘出を目指します。特に術前の予測診断に応じて全摘出を目指すか、9割以上の摘出を目指すのかを判断します。
手術後の治療
9割以上の摘出が達成された場合、遺伝子検査にて特徴的な異常がなければ、まずは経過観察を行います。
<グレード2:境界が不明瞭な腫瘍の場合>
手術は組織の部分採取を目的とし、診断に準じて放射線治療、化学療法が選択されます。
手術後の治療
組織診断(乏突起膠腫か星細胞腫か)に応じて、経過観察後の治療が異なります。詳しくは診察の際にご相談ください。当院でのデータを基にして説明いたします。
- <グレード3>
グレード2と同じく、機能温存を図りつつの最大限の摘出を目指します。ただし、脳機能の障害の可能性と摘出割合を考慮しながら、最適な手術を目指します。腫瘍の位置やサイズに応じて積極的に覚醒下摘出術を選択する傾向にあります。
手術後の治療
手術の後、放射線治療と化学療法を併用します。我々の基本方針は化学療法としてACNU(ニドラン)を用います。再発した時にTMZ(テモゾロミド)による二次治療に移行します。
現在グレード3神経膠腫に対して大規模臨床試験(JCOG1016)が行われています。治療はこのプロトコールに準じて行われます。東京女子医大脳腫瘍グループはこの研究グループの事務局が置かれています(研究代表 村垣善浩、研究事務局 丸山隆志、隈部俊宏(北里大学教授))。
また、グレード2,3の星細胞腫(IDH遺伝子変異のあるもの)に対して大規模臨床試験(JCOG2303)も2024年の夏より開始予定です。(研究代表 村垣善浩、研究事務局 木下学(旭川医科大学教授)、都築俊介)
- <グレード4>
もっとも治療の難しい腫瘍です。術中MRI、脳機能モニタリングのほか、レザフリンを用いた術中光線力学療法など、摘出率の向上と術中に可能な補助療法を組み合わせた手術を行います。
特に、かつて手術は不可能と思われていた島回、視床、言語領域、運動領域への手術にも積極的に取り組んでいます。
脳腫瘍のサイズや位置、症状、患者さんの年齢や職業、環境など複数の要素を検討した上で、治療方針を決定します。
手術後の治療
放射線治療、TMZ(テモゾロミド)・ベバシズマブによる化学療法、オプチューン(電場治療)を標準治療として実施します。また未来の治療成績の向上のために様々な臨床試験に取り組んでいます。
・JCOG(日本臨床腫瘍グループ)脳腫瘍班で実施されている臨床試験
・筑波大学と共同で実施しているAFTV(自家腫瘍ワクチン)多施設二重盲検臨床試験
再発時治療
- <グレード2>
可能な限り再手術にて腫瘍の最大限摘出を行います。MRI T2強調画像で90%以上の摘出ができ、かつ再手術の病理診断がグレード2の場合は、上記初発時の治療方針に従います。
MRI T2強調画像で90%未満の摘出の場合 → 化学療法(テモゾロマイド、初期治療で化学療法を行わなかった場合はACNU)+放射線治療(初期治療で行っていない場合) - <グレード3,4>
再手術が可能な場合は、手術による最大限摘出を行い、術中光線力学的療法(PDT)を併用します(適応のある症例は限られます)。術後の後療法に関しては、患者さんの再発前の治療内容をふまえ、化学療法(テモゾロミド、ACNU)や分子標的治療(ベバシズマブ)、免疫療法(自家腫瘍ワクチン)や定位放射線治療など様々な治療を行います。
* 自家腫瘍ワクチン・光線力学的療法ともに治療の対象となる条件(年齢や腫瘍の型や状態)があり治療のご希望に添えないことがあります。
定位放射線治療を積極的活用した局所治療を進めています。
4.新規治療法の開発と臨床試験
集学的治療によりグリオーマの成績は改善しています。しかし悪性度の高いグレード4での長期生存は得られておりません。またグレード2や3であっても悪性化を伴って再発した場合は治療の選択肢が限られます。これらを少しでも改善するために、新規治療方法に積極的に取り組んでいます。当科では新しい術中放射線治療装置、ナチュラルキラー細胞(免疫細胞)による局所免疫療法、テモゾロマイドを用いた国内臨床治験等、多数の神経膠腫に対する新規治療開拓を行っています。 現在、当施設で施行している臨床試験は以下に紹介します。なお詳細な内容はUMIN試験IDを用いてUMINホームページからも検索可能です。
現在進行中の神経膠腫臨床試験
◆低悪性度神経膠腫(グレード2)
JCOG1303試験(手術後残存腫瘍のあるWHO Grade II星細胞腫に対する放射線単独治療とテモゾロミド併用放射線療法を比較するランダム化第III相試験:UMIN000014578 ) が国立がんセンター中央病院を研究事務局として実施され、当院も協力施設として参加しました。現在新規症例登録は終了しています。
◆退形成性神経膠腫(グレード3)
JCOG1016試験(初発退形成性神経膠腫に対する術後ACNU化学放射線療法先行再発時テモゾロミド化学療法をテモゾロミド化学放射線療法と比較するランダム化第III相試験:UMIN000014104) を当院が研究事務局として行っています。症例の登録は終了し、現在経過観察が行われています。
◆膠芽腫(グレード4)
A.JCOG 2209試験(テント上初発膠芽腫に対する造影病変全切除術と造影病変全切除+FLAIR高信号病変可及的切除術とのランダム化第Ⅲ相試験)が山形大学を研究代表、当院は研究参加施設として登録されています。初発の膠芽腫の患者さんの手術摘出の際に、現時点で標準治療とされている造影病変の全摘出を行う群と、周囲のFLAIR高信号域まで計算した上で摘出した群での治療成績を検討する試験です。2023年7月より登録が開始となっており、現在登録進行中です。
B. JCOG1910試験(高齢者初発膠芽腫に対するテモゾロミド併用寡分割放射線治療に関するランダム化比較第Ⅲ相試験)が京都大学を研究代表、当院は研究参加施設として登録されています。高齢者の膠芽腫の患者さんに対する放射線治療に関して、標準治療と、総線量と分割回数を減じた試験治療での治療効果を比較する試験です。本試験は登録終了し、現在経過観察が行われています。
C. JCOG1703試験(初発膠芽腫に対する可及的摘出術+カルムスチン脳内留置用剤留置+テモゾロミド併用化学放射線療法と可及的摘出術+テモゾロミド併用化学放射線療法のランダム化第Ⅲ相試験)が北里大学を研究代表、当院は研究参加施設として登録されています。初発膠芽腫の患者さんの手術中に摘出腔壁にカルムスチン脳内留置用剤留置を行う群と非留置群との治療成績を比較する試験です。本試験は登録終了し、現在経過観察が行われています。
C. JCOG1703試験(初発膠芽腫に対する可及的摘出術+カルムスチン脳内留置用剤留置+テモゾロミド併用化学放射線療法と可及的摘出術+テモゾロミド併用化学放射線療法のランダム化第Ⅲ相試験)が北里大学を研究代表、当院は研究参加施設として登録されています。初発膠芽腫の患者さんの手術中に摘出腔壁にカルムスチン脳内留置用剤留置を行う群と非留置群との治療成績を比較する試験です。本試験は登録終了し、現在経過観察が行われています。
D. 自家腫瘍ワクチン療法(AFTV: Autologous Formalin Fixed Vaccine)
当時理化学研究所大野忠夫先生が中心となって開発した新しい形のがん免疫療法です(8)(9)。摘出後にホルマリン固定されている腫瘍組織標本を材料として作成したワクチンを患者さん上腕の皮膚内に投与します。これまで、再発膠芽腫(筑波大学石川先生)、初発膠芽腫(放射線との併用C000000002(13)) 、初発膠芽腫(放射線とテモゾロミドとの併用UMIN000001426(3)) についての第III相のランダム化試験で、東京女子医科大学を中心に臨床研究として行われています(UMIN000010602 )現在、MRI 画像上全摘出を行った初発膠芽腫 (Cellm-001 による初発膠芽腫治療効果無作為比較対照試験, 放射線とテモゾロミドとの併用)に対する臨床試験が進行中です。
E. 光線力学的療法 (グレード3以上)
悪性腫瘍に対する光線力学的療法は、「腫瘍細胞に選択的に集積する性質を持つ体光感受性物質を患者さんに投与し、腫瘍組織にレーザー光を照射すると、光感受性物質とレーザー光の光化学反応で、強力な活性酸素が発生することによって腫瘍細胞を死滅させる」、というメカニズムを利用した治療法です(14)。
肺がんや食道がん、子宮頸がんなどではすでに臨床応用されており、期待される新規治療であります。脳腫瘍に関しましては、東京女子医大を中心として、東京医科大学と共同で医師主導治験(第II相、単アーム)を行いました。医師主導治験の結果は、膠芽腫の1年生存率100%、6ヶ月無増悪生存率100%と良好な治療結果を得て(10)、 2013年9月に薬事承認されました。
画像診断で悪性神経膠腫が強く疑われる場合や悪性神経膠腫の再発に対して手術を行う場合が治療対象となります。まず、手術前日(腫瘍摘出予測時間の約24時間前)に光感受性物質であるレザフィリンを注射します。開頭手術で腫瘍を可能な限り最大限摘出した後に、運動繊維や言語繊維近傍でこれ以上摘出できない部位や、将来再発が起こりやすい深部白質繊維部分をターゲットとして、レーザー照射を行います。
図3. 術中PDレーザー照射のイメージ
当施設では保険承認後2014年1月より原発性悪性脳腫瘍(主に神経膠腫)に対する光線力学的療法を開始し、2018年1月の時点で130例を超える症例に保険治療として施行しています。現時点で、医師主導治験の症例を含め、光線力学的療法が原因と思われるような重篤な副作用は生じておらず、安全な治療と考えております。
レザフィリン注射後は、約1〜2週間は強い光からの遮蔽(しゃへい)が必要になります。具体的には、通常の部屋の蛍光灯の明るさでは問題ないですが、携帯電話やテレビなどの強い光を見るときにはサングラスを着用していただく、外出を避ける、などを行っていただきます。
脳腫瘍治療に取り組んでいる他施設との連携を図りながら、さまざまな臨床研究や臨床試験、治験を行なっています。患者さんの背景や各種状況を把握したうえで、より良い治療方法を提供したいと考えています。
これら治験については、それぞれ参加するための規準があり、また終了することがあるので、その都度外来でご確認ください。
5.神経膠腫治療に必要な諸検査施行
A.神経膠腫診断手術のためのPETやMRIによるスペクトロスコピー
2004年から中部療護センター (篠田淳センター長:岐阜)での集学的な脳腫瘍評価(メチオニン・コリン・FDGという3種類の核種によるPET検査、MRS、術前脳機能評価)を行っております。特に、メチオニンは脳腫瘍とその他の疾患との区別や腫瘍の中で代謝が高い場所(増殖している場所)を同定し手術計画を立てるために重要な画像情報の一つです(4)(19)(25)。
B.言語野の場所を調べるための機能MRI検査
個人差の多い言語をつかさどる脳の領域を予想するため、手術前に特殊なMRI検査(機能MRI)を行なうことがあります。一般的なMRIと比較して患者さんの体の負担は変わりません。言語脳科学の専門家である東京大学大学院 酒井邦嘉先生の研究室と共同研究を行い、神経膠腫を持つ患者さんの言語、特に文法に関する脳中枢の同定5、言語に関するネットワークが大きく3つ存在することを同定しました(6)。
C.高次脳機能検査
神経膠腫は脳内に発生する脳腫瘍であり、脳腫瘍そのものや治療による影響で人間の高度な機能(作業や計算や判断など)が障害される可能性があります。これらは専門家が詳しく検査しない限り、一般の身体検査では見つけることは困難なものです。東京女子医科大学では京都大学熊田孝恒教授と共同で、高次脳機能を検査するセット(東京女子医大バッテリー)を開発し、患者さんの術前術後の状態把握に努めています。また、腫瘍の場所によって並行して物事を進められないあるいは絵を書くと手指を6本書いてしまうなど特殊な症状を呈することを発見しました(15)(16)。
D.腫瘍の遺伝子診断
近年、グリオーマの予後は病理診断による悪性度に加え、腫瘍に生じた遺伝子変異が予後を大きく左右することが分かってきました。その代表的なものがIDH1変異、1p/19q染色体欠失であり、2016年に改訂されたWHO2016脳腫瘍病理分類ではグリオーマはこれらの遺伝子情報によって分類されるようになりました。当施設ではこれら代表的な遺伝子変異を全症例で調べており、その他、MGMTメチル化やTERTといった予後に関わる重要な遺伝子異常や、EGFR、p53、ATRX、BRAF遺伝子変異などの様々な遺伝子異常を調べて治療方針の決定に役立てております。がん遺伝子パネル検査では東京女子医大足立医療センターを通じて検査を行っています。
6.脳腫瘍外来受診を希望される方へ
脳腫瘍の診断や治療に関するご相談は、東京女子医科大学病院の脳腫瘍専門外来を受診されてください。直接のご予約、他医療機関からのご紹介、セカンドオピニオン等どのような状況にも対応いたします。基本的には予約診療ですが、予約外の診察も可能です。当院外来予約センター(代表03-3353-8111)の担当者とご相談ください。
以下のリンクからメール相談も可能です。
論文リスト:
- Fujii Y, Muragaki Y, Maruyama T, Nitta M, Saito T, Ikuta S, et al: Threshold of the extent of resection for WHO Grade III gliomas: retrospective volumetric analysis of 122 cases using intraoperative MRI. J Neurosurg:1-9, 2017
- Fukui A, Muragaki Y, Saito T, Maruyama T, Nitta M, Ikuta S, et al: Volumetric Analysis Using Low-Field Intraoperative Magnetic Resonance Imaging for 168 Newly Diagnosed Supratentorial Glioblastomas: Effects of Extent of Resection and Residual Tumor Volume on Survival and Recurrence. World Neurosurg 98:73-80, 2017
- Ishikawa E, Muragaki Y, Yamamoto T, Maruyama T, Tsuboi K, Ikuta S, et al: Phase I/IIa trial of fractionated radiotherapy, temozolomide, and autologous formalin-fixed tumor vaccine for newly diagnosed glioblastoma. J Neurosurg 121:543-553, 2014
- Kato T, Shinoda J, Nakayama N, Miwa K, Okumura A, Yano H, et al: Metabolic assessment of gliomas using 11C-methionine, [18F] fluorodeoxyglucose, and 11C-choline positron-emission tomography. AJNR Am J Neuroradiol 29:1176-1182, 2008
- Kinno R, Muragaki Y, Hori T, Maruyama T, Kawamura M, Sakai KL: Agrammatic comprehension caused by a glioma in the left frontal cortex. Brain Lang 110:71-80, 2009
- Kinno R, Ohta S, Muragaki Y, Maruyama T, Sakai KL: Differential reorganization of three syntax-related networks induced by a left frontal glioma. Brain 137:1193-1212, 2014
- Koriyama S, Nitta M, Shioyama T, Komori T, Maruyama T, Kawamata T, et al: Intraoperative flow cytometry enables the differentiation of primary central nervous system lymphoma from glioblastoma. World Neurosurg, 2018
- Liu SQ, Saijo K, Todoroki T, Ohno T: Induction of human autologous cytotoxic T lymphocytes on formalin-fixed and paraffin-embedded tumour sections. Nat Med 1:267-271, 1995
- Maruyama T, Muragaki Y, Ishikawa E, Nitta M, Saito T, Ohno T, et al: [II. Autologous formalin-fixed tumor vaccine for newly diagnosed glioblastoma]. Gan To Kagaku Ryoho 42:683-686, 2015
- Muragaki Y, Akimoto J, Maruyama T, Iseki H, Ikuta S, Nitta M, et al: Phase II clinical study on intraoperative photodynamic therapy with talaporfin sodium and semiconductor laser in patients with malignant brain tumors. J Neurosurg 119:845-852, 2013
- Muragaki Y, Iseki H, Maruyama T, Kawamata T, Yamane F, Nakamura R, et al: Usefulness of intraoperative magnetic resonance imaging for glioma surgery. Acta Neurochir Suppl 98:67-75, 2006
- Muragaki Y, Iseki H, Maruyama T, Tanaka M, Shinohara C, Suzuki T, et al: Information-guided surgical management of gliomas using low-field-strength intraoperative MRI. Acta Neurochir Suppl 109:67-72, 2011
- Muragaki Y, Maruyama T, Iseki H, Tanaka M, Shinohara C, Takakura K, et al: Phase I/IIa trial of autologous formalin-fixed tumor vaccine concomitant with fractionated radiotherapy for newly diagnosed glioblastoma. Clinical article. J Neurosurg 115:248-255, 2011
- Muragaki Y, Maruyama T, Nitta M, Ikuta S, Iseki H: [Photodynamic Therapy]. No Shinkei Geka 43:583-592, 2015
- Niki C, Maruyama T, Muragaki Y, Kumada T: Disinhibition of sequential actions following right frontal lobe damage. Cogn Neuropsychol 26:266-285, 2009
- Niki C, Maruyama T, Muragaki Y, Kumada T: Perseveration found in a human drawing task: six-fingered hands drawn by patients with right anterior insula and operculum damage. Behav Neurol 2014:405726, 2014
- Nitta M, Muragaki Y, Maruyama T, Ikuta S, Komori T, Maebayashi K, et al: Proposed therapeutic strategy for adult low-grade glioma based on aggressive tumor resection. Neurosurg Focus 38:E7, 2015
- Nitta M, Muragaki Y, Maruyama T, Iseki H, Ikuta S, Konishi Y, et al: Updated therapeutic strategy for adult low-grade glioma stratified by resection and tumor subtype. Neurol Med Chir (Tokyo) 53:447-454, 2013
- Saito T, Maruyama T, Muragaki Y, Tanaka M, Nitta M, Shinoda J, et al: 11C-methionine uptake correlates with combined 1p and 19q loss of heterozygosity in oligodendroglial tumors. AJNR Am J Neuroradiol 34:85-91, 2013
- Saito T, Muragaki Y, Maruyama T, Tamura M, Nitta M, Okada Y: Intraoperative functional mapping and monitoring during glioma surgery. Neurol Med Chir (Tokyo) 55:1-13, 2015
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