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概要

シンシア10号

心臓を動かしながら行う先進の冠動脈バイパス術女子医大病院中央手術室の19番手術室。心臓血管外科の冠動脈バイパス術はここで行われる。冠動脈は心臓のまわりに通っている3本の血管で、収縮・拡張を繰り返す心臓の筋肉(心筋)に血液を送り込む重要な役割を担っている。この冠動脈が、動脈硬化などによって狭くなったり閉塞したりして心筋に血液が行かなくなるのが、虚血性心疾患である。血流が悪化して心筋に必要な血液が不足し、胸に痛みが生じるのが狭心症。血管内に血栓ができ、心筋に血液が送り込まれなくなる状態が心筋梗塞である。こうした虚血性心疾患の治療法の一つが、開胸手術による冠動脈バイパス術だ。患者さん自身の血管の一部(グラフト)を採取し、それを冠動脈の狭窄・閉塞部を迂回して大動脈と冠動脈につなげ、新たな血行路を確保するという術式である。冠動脈バイパス術は、人工心肺装置を使用し心臓の拍動を止めて行う方法と、人工心肺装置を用いず(オフポンプ)心臓を拍動させたまま行う方法がある。オフポンプの場合は患者さんへの負担が少なく、術後の回復も早いというメリットがある。女子医大病院では年間150~160件ペースで冠動脈バイパス術を行っているが、その約98%がオフポンプ方式である。日本ではオフポンプ方式が主流となりつつあり、その割合が約7割を占めているが、女子医大病院はこれをはるかに上回る割合となっているのである。心臓血管外科を率いる新浪博士教授(女子医大病院副病院長)は、こうしたオフポンプ冠動脈バイパス術の第一人者として知られる。これまでざっと3,000件もの心臓手術に関わってきたが、このうち半分が冠動脈バイパス術だという。去る5月半ばにオフポンプ冠動脈バイパス術が行われた19番手術室をのぞいてみた。バイパス術を受ける患者さんは平均75歳くらいだが、この日の患者さんは20代後半の男性である。午前11時、新浪教授が手術室に入室し執刀開始。まず胸の真ん中にメスを入れ、皮膚を切開。次に胸骨を切開し、開胸器で胸骨を左右に広げる。さらに心臓を包んでいる心膜を切り開く。こうした胸骨正中切開というアプローチを経て心臓にたどり着く。いよいよ冠動脈にグラフトをつなぐバイパス術のクライマックスだ。新浪教授は、直径わずか2mmほどの血管同士を正確かつ丁寧に縫い合わせていく。まさに“神業”である。しかも、縫合部の動きを抑えるスタビライザーという器具があるとはいえ、心臓は動いたままである。その手術の技に外科医の真骨頂を見る思いがした。2本のバイパス術が終わり、3本目の冠動脈へのバイパス術が始まったのが午後2時過ぎ。グラフトを心臓の裏側にある女子医大病院副病院長を務める心臓血管外科の新浪博士教授。血管につなげるため、より難易度が増すが、新浪教授は淡々と縫合していく。その姿からは、技量の確かさと自信のほどがひしひしと伝わってきた。年間300件もの手術をこなす心臓外科のプロフェッショナル2017年7月に埼玉医科大学国際医療センターから女子医大へ赴任してきた新浪教授は、もともと女子医大との縁が深い。1987年に群馬大学医学部を卒業した彼は、東京女子医科大学大学院に進み、心臓血管外科の前身である東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所(心研)に入局した。手先が器用だったことから外科医を志し、当時、心臓外科のメッカであった心研の門を叩いたのである。大学院時代の1989年から2年間、アメリカ・ミシガン州のウェイン州立大学に留学。さらに1995年から3年間、オースト“心臓外科のメッカ”復活を期す「医家ではなかった私の母でさえ、榊原先生のことは知っていました。心臓手術といえば榊原先生だと。心臓外科医になりたいと思った僕は、迷わず先生が開設された女子医大の日本心臓血圧研究所(心研)に入局しました。すでに先生は亡くなられていて直接指導を受けたことはありませんが、心研は“心臓外科のメッカ”として名声を誇っていました」新浪博士教授がこう語るように、榊原仟(しげる)氏は世界的に知られた心臓外科の権威者である。心研が開設されたのは1955年。以来、数々の日本初となる心臓手術を成功させ、全国から優秀なスタッフが集まり、日本の心臓血管外科をリードしてきた。1997年には大阪大学医学部附属病院、国立循環器病研究センターとともに女子医大病院が心臓移植施設に指定された。だが、2001年に発生した人工心肺装置の事故により、心臓血管外科はかつての勢いがそがれることとなった。新浪教授は、「医療事故は起こしてはなりませんが、常にチャレンジしていくことも必要です。そのためにセーフティネットを敷きながら、チームで医療を推進していくことが大切です。幸い女子医大には、リスクが高いと考えられる手術を多職種のメンバーが検討する“ハイリスク症例検討会”というすばらしいシステムもあります。情報をみんなで共有しながら、女子医大を再び“心臓外科のメッカ”と評されるようにしていく決意です」と、これからの抱負について語ってくれた。女子医大病院西病棟Bの1階にある榊原仟氏の胸像。Sincere|No.10-2018 07