
お名前 | 千葉 謙太郎 |
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担当部署 | 脳神経外科 |
役職 | 助教 |
「小児の脳腫瘍の中には、30年前までは不治の病とされていたが飛躍的に治療成績が改善したものがある。」
東京女子医科大学病院の千葉謙太郎医師は、脳神経外科の進展と進歩をこう語り、ご自身も大きく貢献しています。
「診断や治療のモダリティ(modality、治療に関わる選択肢や様式のこと)も増えていて、また、組織採取が必要だった時代と異なり、現在では血液や尿、腫瘍マーカーなど、より低侵襲に検査できる選択肢が増えています。また、画像検査では検査時間が大幅に短縮され、かつ解像度も上がりました。このような医療の進歩や進展は、患者さんにとってはもちろん、医師にとってもメリットが大きいものです」と、小児脳神経外科で活躍する千葉先生は語ります。
そんな千葉先生に、なぜ小児脳神経外科を志したのか、この科ならではのエピソードとしてどのようなものがあるのか、また過去~現在~未来の脳神経外科領域についてお聞きします。
顕微鏡越しに広がる、脳の世界の美しさ
私は初めから脳神経外科を目指していたわけではありません。初めは産婦人科に進むつもりでした。ただ、医大生と研修医の頃、顕微鏡越しに覗いた脳の世界があまりにも美しくて……その美しさに惹かれて、脳神経外科に進むことに決めました。
日々進歩し、未知のことも多いのが頭の領域です。医師になるタイミングは様々ですが、約30-40年の脳外科人生の中で自分の分野により深い興味を持ったり、その研究を進めていったりします。「未知の魅力」に自分でアクセスできること、手術の美しさこそが、脳神経外科の仕事のやりがいだと考えています。
「安心して治療に臨めるように」を考え続ける
私は脳神経外科のなかでも、小児脳神経外科が専門です。
脳神経外科に限ったことではありませんが、「小児」の場合は、成人を対象とする場合に比べていろいろな配慮が必要になります。検査ひとつをとっても「恐い」という不安感がつきまといますから、お子さんが寝た状態で検査をしたり、痛みが少ない治療方法を考えたりします。
手術自体は、成人も小児も基本的な手技はそれほど変わりありません。ただ、体の大きさが違うため、より出血量に注意したり、使える薬にも制限があるので配慮します。
患者さんやご家族とのコミュニケーションでは、まず「不安や恐怖を感じさせない」ことを心がけています。事実を伝えることは重要ですが、同時に患者さんやご家族が前向きに治療に向き合えるよう、寄り添うことが大切です。
患者さんの不安を取り除き、治療に希望を持っていただけるよう、常に密なコミュニケーションを心がけています。
どんなお子さんやご家族にとっても病気になったことは決して嬉しいことではありません。しかし、病気になってしまったからあれができない、これができないと後ろ向きに考えないでほしいと思っています。目標はそれまで送ってきた「日常」に戻ることであり、そのために我々は日々治療に励んでいます。
また、お子さんの病気をきっかけに、本人やきょうだい、あるいはその親御さんが医療と関係する道を歩み始める人もおり、一緒のフィールドで働けることも楽しみの一つでもあります。入院しているお子さんの中にはお子さん同士、親御さん同士で退院後も連絡を取り合っていることもあり、横のつながりができることも、病気と闘っていく上では良いことだと思います。
小児脳神経外科として多くの患者さんと関わってきましたが、頂いた手紙やプレゼントはすべて手元で保管しています。
しかし、どれだけ医療が発達しても、「治せない病気」はあります。それでも数年後、10年後には必ず治療法を見つけてくれる人がいます。「希望」は捨ててはいけないのです。
また、最近は様々な情報が入手しやすいため、親御さんも本人もいろいろ調べています。調べていく中で、情報に落ち込むこともあるかと思いますが、その情報をどのように理解すべきか主治医とよく相談し、治療に向き合えるようになることを願っています。
上司から学んだこと、東京女子医科大学病院の強さとは
現在の私の治療のスタンスの基礎には、上司である小児脳神経外科医 藍原医師との出会いがあります。
東京女子医科大学病院脳神経外科には、他の施設で「手術ができない」といわれた、あるいは上手くいかなかったという患者さんが受診されます。小児脳神経外科でも同じです。我々は脳外科医ですので基本は手術が中心になりますが、脳神経外科領域の治療に関してはどんな疾患であっても対応できる体制をとっていますし、それぞれの専門分野で多くの経験を有する医師が必ずいます。そのなかでも、私が印象的だったのは小児脳神経外科医の藍原医師です。
藍原医師は技術面でももちろん学ぶところが沢山あるのですが、とにかく、脳神経外科医としての基本を繰り返し教えてくれました。術野に積極的に立たせてくれましたし、実際の現場でもギリギリまで任せてくれました。
藍原先生は治療のことはもちろん、患者さん・ご家族との関わり方や、終末期のお子さんやご家族への接し方について教えてくれた先生でもあります。ネガティブな表現は避けて、ポジティブに治療へ臨める言葉かけに努めていました。また、手術で予想外のことが起きたり、症状が出たりしてショックを受けるご家族の不安に根気強く向き合い、寄り添う姿勢を私に教えてくれたのです。
お子さんの治療に、諦めはありません。最後まで子どもと寄り添う力や覚悟を教えてくれたのが藍原医師でした。

30年前は不治だった病気が、現在は治せる病気になった ~チーム医療で求められること
チーム医療では、「それぞれの個性を活かすこと」がとても重要です。今私はちょうど中堅の立場にいます。以前は「自分が活かしてもらう立場」でしたが、現在は指導を担う立場となってきました。「医師にもそれぞれ個性がある。」ということを心に留め、それぞれの個性を生かした指導を心がけています。
脳神経外科医の在り方や技術は変化していっています。たとえば、小児の脳腫瘍の代表疾患である髄芽腫は30年前まで不治の病と言われていました。しかし治療成績が向上し、現在は治る病気と考えられつつあります。また診断モダリティも増えていて、患者さんに負担の少ない検査ができるようになっています。検査の解像度もあがりましたし、検査にかかる時間も大きく減りました。
また、国の啓蒙も盛んに行われるようになってきています。たとえば二分脊椎という病気は葉酸摂取の推奨で、その発生頻度は大きく減りました。
このように、小児脳神経外科の領域はどんどんかわっていっています。
“No man’s land”と呼ばれる領域への外科的アクセス ~今後の小児脳神経外科領域について
医師サイドの問題として、小児脳神経外科に携わりたいと思ってもなかなか機会に恵まれない先生がいることが、現在の小児脳神経外科の問題です。
現在の日本には各都道府県に小児病院があって、地元で治療を続けられるという大きな特長があります。大都市にしか小児脳神経外科がないような国とはその点が大きく違います。もちろん、患者さんが通院しやすいという点では非常にメリットかと思いますが、脳神経外科医としてのスキルアップを目指す場合には症例経験数が少なくなってしまうことも事実です。小児神経外科医が経験を積める環境を整えていくことも大事かと思います。
さらに、先ほどの葉酸摂取ではありませんが、今後は、病気になる前に予防するための医学が発展していくことが期待されます。
小児脳神経外科は、「子どもに向き合うこと」を求められ続けます。医療者は、親御さんの意見はもちろんですが、お子さんの考えを一番に見なければなりません。また、今後同じ道を進もうとする学生さんに対しては、幅を狭めすぎることなく、いろいろな経験をしていって欲しいと考えています。そしてそのような経験のなかで、脳神経外科の知識は、どの科に進もうともあなたを助けてくれるものとなるでしょう。
Q & A
- Q1.MRIを取るのは認知症が疑われるからですか? MRIで分かることは?
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MRIでは脳の状況や血管の評価などができます。しかし、MRIだけで機能的な部分や血流は評価がまだ難しく、MRIだけでは認知症かどうかは分かりません。認知症の診断には症状も重要です。これらを統合的に評価して、最終的に認知症と診断します。ただし、兆候を捉えることは可能かもしれません。
- Q2.小児脳神経外科の対象年齢は? 何歳から「小児」ではなくなる? 小さいころからかかっていて大人になった場合は? 成人しても同じお医者さんに診てもらうことは可能?
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医学的には16歳からが成人とされますが、10代後半や30代頃までは成人と小児の境界の年齢で、AYA世代と呼ばれます。小児病院とは異なり、大学病院は成人まで含めてフォローしますので、そこが大学病院の強みかと思います。
小児の場合、主治医はかならずいつかは患者さんよりも先にリタイアします。そのため、「1人の医師に見続けてもらうこと」にこだわるよりも、信頼できる医師に引き継いでもらうことを重要視すべきです。
- Q3.くも膜下出血などになった後は、どのような点に気を付けて生活をしていったらいいの?
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くも膜下出血は、3分の2が重症、3分の1が社会復帰できる病気と言われています。ただ治療が上手くいった場合でも、てんかんや痙攣、高次脳機能障害など、生活に制限が出ることもあります。そのなかで、「できることから積極的にやっていく」という気持ちで取り組む必要があります。また、ご家族や周囲のサポートも非常に重要です。
定期的な検診も忘れずに。初めは3か月~6か月に1回、状況が良くなっていれば1年に1回、2年に1回と頻度が減っていきますが、経過が安定していても、時々受診して精査していただくことは大切かと思います。