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◆シンポジウム◆
東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育について
1.連携理念と新しい研究・教育の特徴について
岡野光夫 (東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
医学と理工学の関係を振り返ってみると,明治以来,教育研究環境において縦割りのシステムが継承されてきており,両分野はこれまで医用工学,人工臓器等の限られた領域を通してのみ交流があったにすぎない.すなわち,両分野の交流は各領域の分担作業を前提とした共同研究として進められてきた.このような医療側のニーズに基づいて理工学側がその要求に沿った開発を行う旧来の研究体制は,欧米の追従型の研究を行うことに対しては極めて効率的であったが,独創性の高い研究あるいは極めて学際的な先端医療の創出を進めるには限界のあることが明らかとなってきた.
近年,生命科学・医工学という新領域の進展が,米国を中心に諸外国の取り組みによって促進され,日本においても先端医療の開拓と同時に新たな学問領域としての確立が大いに期待されている.教育は国の最重要課題であり,わが国においても21世紀の科学技術立国を目指し,従来にない教育,研究を導入した新体制が強く望まれている.医学・生命科学と理工学の先端テクノロジーとの真の融合によって,新しい治療・診断システムの概念を作り出すことのできる独創性豊かな人材の育成が可能となり,既存の領域にとらわれることなく,集学的なアプローチによって新分野にチャレンジし,新しい概念やシステムの構築を行うことのできる研究者の養成を強力に推進するものである.
2.東京女子医大-早大の医工連携の成果例:遠心式補助人工心臓エバハートの開発と臨床応用
梅津光生 (早稲田大学理工学術院)
東京女子医科大学の山嵜健二教授の埋込型補助人工心臓のアイデアに対し,1991年にサンメディカル技術研究所を中心に,産官学共同開発体制が組まれ,ピッツバーグ大学や民間50社の技術協力のもと,2005年に臨床応用が開始された.演者は会社の設立当初よりこのプロジェクトを生体工学の立場から技術アドバイスをしてきたので,エバハートの経緯と現況について概説する.
40年にも及ぶ東京女子医科大学と早稲田大学の医工連携のノウハウを開発に反映させ,回転翼の設計(大田英輔教授),軸受・シール部の設計(富岡淳教授)らの協力を得ながら,演者が生体という特殊性に考慮しながらその実用化への橋渡しに努めた.その結果,ポンプ重量350gの体内埋込式の遠心型左心補助人工心臓(エバハート)が完成し,ポンプの性能・耐久性も十分であることが確認されている.
その後,日本のこの領域の研究者,臨床医らが協力して厚生労働省との間で充分な討議がなされ,綿密な臨床治験計画が立てられた.その結果,東京女子医科大学,国立循環器病センターで臨床応用が開始され,最初の3人の埋込患者はいずれも約3年間,良好なQOLを維持している.第1例目の方は,リハビリ等を充分に行って10ヵ月後に退院後,医療費は100分の1に激減し,18ヵ月後にフルタイムの仕事に就いて現在に至っている.そして,給料の中から税金を払い,医療費を積み立てる側となった.このことにより,人工心臓は高価で医療費を圧迫するという世界常識を破るという状況が今現実となっている.
3.ナノメディシンに向けた医用材料の開発の現状と展望
武岡真司 (早稲田大学理工学術院)
高分子合成や分子集合技術の進歩に伴い,極めて精密に分子設計された両親媒性高分子が分子集合して構築するナノサイズの高分子ミセルや,リン脂質やコレステロールなど両親媒性分子が自発的に形成する二分子膜小胞体(リポソーム)を薬物運搬体として利用する試みが進んでいる.更には,粒子径をある範囲の値に制御し,表面に抗体,ペプチドや低分子リガンドなどを固定して,その指向性を受動的にあるいは能動的に制御することも可能となっており,ナノメディシンとして新しい領域が確立されつつある.我々は,ポリエチレングリコール鎖で表面修飾したリポソームにヘモグロビンを内包させた赤血球代替物や,リポソームの表面を活性化血小板のみを認識するフィブリノーゲンペプチドで修飾し内部に血小板活性化物質であるADPを封入させた血小板代替物を構築し,医工連携にて評価を行ってきた.他方,運搬体の形状を粒子状からシート状に変化させると,例えば創傷面を面接触にて被覆するシートは点接触の粒子よりも認識能や密着性が高いと予測されるし,表面と裏面に別々の表面修飾を施すことができるので,患部を被覆して活性血小板の粘着を誘導したり逆に防止する面が提供できるであろう.更には,従来の運搬体にはない血中動態や体内分布が見出されるかもしれない.我々は,粒子状とシート状の血小板代替物の性能の比較からこれを明らかにしつつ,生分解性,生体適合性のナノ厚のシート(ナノシート)の医用応用についても検討している.これらの現状と展望について述べる.
4.ハイテク手術・インテリジェント手術
村垣善浩 (東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
〔はじめに〕21世紀の脳神経手術は客観性と再現性が求められている.達成するために高品質の3種情報−解剖学的情報(術中MRIとナビゲーション),機能的情報,組織学的情報−を提供するインテリジェント手術室(IOR)を開発した.既に630症例を経験しているが,2年以上のフォローを行った400症例で有用性と問題点を検討した.〔方法〕2000年3月より2006年6月までOpen MRI(0.3T)を術中使用した400例を対象.update navigation(光学式)は291例に使用.症例は男:女=210:190,平均40歳(1〜78).組織は,神経膠腫283例,下垂体腺腫31例,海綿状血管腫25例,てんかん10例,AVM9例,頭蓋咽頭腫8例,その他34例であった.覚醒下開頭は65例,MEP 267例,SEP291例.うちvolumetryを行った神経膠腫96例(中央値36.5ml)で摘出率と合併症率を求めた.〔結果〕398例(99.5%)で評価可能な術中MRI画像が撮影できた.395例(98%)で手術を完遂し,術後再手術必要な残存病変は認めなかった.神経膠腫の平均摘出率は93%で,神経学的改善,不変,悪化はそれぞれ17, 66, 14%であった.全症例での術後出血は2例(0.5%),感染は4例(1%).〔結論〕IORは,境界不鮮明,深部,狭い術野の病変に対するResection controlに有用であり,安全性の向上にも貢献する.
5.ティッシュエンジニアリングによる心筋再生医療の現状と展望
清水達也 (東京女子医科大学先端生命医科学研究所)
重症心不全に対する再生医療として組織工学的手法(ティッシュエンジニアリング)を用い3次元的な心筋組織(心筋パッチ)を再構築し移植する治療法が細胞浮遊液の注入に次ぐ次世代型の再生医療として追究されている.世界的には他の臓器と同様,細胞の足場となる生体吸収性の支持体を用い,これに細胞を播種・培養することで組織を再構築するという技術が用いられており,再構築された組織の移植による心機能改善効果が報告されている.一方,我々はシート状の細胞を回収し積層化することで3次元組織を再構築する独自の技術により心筋再生の研究を行ってきた.これにより,支持体を用いた場合には困難であった細胞の密な組織の再構築が可能となっている.既に数種の細胞ソースに関して積層化細胞シートを作製し,それを心不全モデルの心臓表面に移植することにより心機能が改善することが明らかとなっている.これは効率的に移植された細胞シートから分泌される種々のサイトカインによる血管新生促進・線維化の抑制・幹細胞の誘導が起こるためと考えられる.筋芽細胞シートに関しては大阪大学との共同研究により臨床応用が開始されておりその結果が期待される.さらに我々は第3世代の心筋再生医療を目指し,収縮弛緩することで心臓のポンプ機能を補助できるような血管網を伴った厚い心筋組織の再構築に取り組んでいる.これにはヒトに移植可能な心筋細胞の分化・増殖や再生組織内への血管網付与によるスケールアップなど大きな課題を克服する必要があるが,フィールドを越えた多面的なアプローチにより達成しうるものと考え研究を進めている.
6.食道EMR/ESDに対する経内視鏡的口腔粘膜上皮細胞シート移植の経験
大木岳志 (東京女子医科大学 消化器外科,先端生命医科学研究所)
近年,早期消化管癌に対する消化管内視鏡治療の進歩は目覚ましく,その手技や方法は常に変化してきた.特に,ITナイフの開発により早期胃癌から始まった内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は,様々なデバイスの開発と共に爆発的に普及し,早期食道癌に対しても適応されるようになった.しかしながら食道ESDが適応拡大され,広範な早期食道癌に対して一括切除が可能とあったが,ESD後の食道潰瘍に起因する疼痛や瘢痕狭窄等の問題を生じることとなった.そこで我々は,自己の口腔粘膜組織から作製した培養口腔粘膜上皮細胞シートを経内視鏡的にESD後の食道潰瘍面に移植するという再生医療的治療法を開発し,その前臨床的な大動物実験にて創傷治癒促進効果を報告した.この成果を元に本学倫理委員会にて承認を受け,さらに平成18年9月1日より施行された「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」に準拠するようなGMP準拠のCPC(cell processing center)をハイテクリサーチセンター内に立ち上げ,本年1月,いよいよ患者登録を開始した.我々は,口腔粘膜上皮細胞シート移植効果によるEMR/ESD後食道潰瘍の術後QOLの改善を目的として,消化器病センター,先端生命医科学研究所,口腔外科と3施設に跨る共同研究として,本年4月,世界初の経内視鏡的口腔粘膜上皮細胞シート移植術を施行した.本講演では,その移植経験と経過について報告する.
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