>>プログラム
◆基調講演◆
緩和医療はここまで進んだ!―国立がんセンターにおける実践―
がん患者の痛みのマネジメントは,1986年のWHOがん疼痛治療指針の発表以後,ゆっくりであるが着実に普及し進歩している.基本的には,モルヒネを中心とした薬物療法であるがそれに加え現在では,@非麻薬性および麻薬性鎮痛薬の種類の増加,A剤形,B投与経路の多彩化,C根本的な副作用対策の進歩,などにおいて臨床的に患者のQOL向上に貢献している.また,薬物療法だけでなく,それをサポートする非薬物療法においても,鍼灸の有効性に関する科学的な裏付けをはじめとした研究が行われている.
緩和医療に関する基礎研究においては,痛みはその発生,そして慢性化へ移行する機序に関してはまだ明らかにされていない.痛みの動物モデルを使用した基礎研究は,疼痛機序の解明,鎮痛薬の開発においてこれまで重要な役割を占めてきた.最近,これまでの糸で神経を縛るといった人工的な痛みの作成から,腫瘍を直接植え付けたがん疼痛モデルの開発にはめざましいものがある.そして,より人間に近い疼痛モデルに対し鎮痛薬を投与することによって,臨床的に使用できるより有効な薬剤の選定,開発が可能になることが期待されている.また,そのモデルを使用することによって,人間では直接調べることができない脊髄,脳における疼痛機序の解明への道筋をつけることが可能になる.
1) Shimoyama M, Shimoyama N: Change of dorsal horn neurochemistry in a mouse model of neuropathic cancer pain. Pain 114: 221-230, 2005
2) Shimoyama M, Shimoyama N: A mouse model of neuropathic cancer pain. Pain 99: 175-183, 2002
◆シンポジウム◆
女子医大病院における緩和ケアチームの役割―地域へつなげていくために―
1.疼痛コントロール
前 知子(麻酔科学)・加藤隆文・小高桂子・尾ア 眞
昭和56年以降,日本人の死因第1位はがんであり年間30万人(3人に1人)がガンで亡くなっている.
がん患者の70%に疼痛が出現するといわれており,手術や化学療法,放射線療法などの治療が行われている間はもちろん,治癒が見込めなくなった緩和医療の時期においても,疼痛と便秘や嘔気,呼吸苦など不快な症状をコントロールすることはADLの改善のみでなく終末期の在宅移行の可否にも関わる重要な問題である.
当院では2003年8月に麻酔科医,薬剤師,看護師の3人の形から緩和ケアチームの前身が立ち上がり,2005年10月より精神科医,外科医,内科医も含めた現在のチームの形での活動を開始した.
疼痛コントロールについては,1986年に発表されたWHOがん疼痛治療指針を中心とした薬剤コントロール主体のコンサルテーションの形をとることが多いが,適応に応じて麻酔科ペインクリニックでの神経ブロック治療や器具を用いた消炎鎮痛処置を,また放射線科に緩和的照射,骨転移痛に対する骨形成術を依頼することもある.
主治医,病棟スタッフと連携をとりながら行っている現在の疼痛コントロールについてチームメンバー全員が兼任である現在の"かんわけあちーむ"の紹介を含めて報告する.
2.消化器病センターの緩和ケアに対する取り組み
福田 晃(消化器外科)・今井健一郎・清水公一・吉利賢治・西野隆義・伊東敏雅・広井洋子・白鳥敬子・山本雅一
[はじめに]消化器癌の終末期には癌の再発や癌性腹膜炎により様々な症状が出現する.癌性疼痛とともに癌性腹膜炎,消化管通過障害による食欲不振,嘔気・嘔吐,便秘,下痢,腹水貯留や胆管狭窄による黄疸などの腹部症状は身体的のみならず精神的にもQOLを著しく損ねることになる.自験例を提示し,消化器癌の終末期の癌性疼痛および腹部症状に対する当科での取り組みの現状と問題点について述べる.
[当科での取り組み]@疼痛対策:癌性疼痛に対しては平成14年より疼痛対策マニュアルを作成すると同時に疼痛の適切な評価を行う目的で痛みの経過表を作成している.疼痛治療はWHO方式に基づきstepごとに使用すべき推奨鎮痛薬を定めるとともに,CT下内臓神経ブロックを積極的に施行している.A在宅医療:在宅医療支援推進部を介した地域医療機関との連携を充実させることで円滑に在宅医療に移行している.B緩和的外科治療:腹部症状に対する治療は薬物療法と非薬物療法に大別されるが,消化管閉塞に対してはPEG,PTEGやバイパス手術,ステント留置術などを癌腫の種類,閉塞部位,数などにより選択し積極的に施行している.
[結語]スーパーローテートの研修医の教育,医師・看護部・薬剤部間の共通認識を深める必要があり,問題点はまだまだ多いがよりよい緩和ケアの実現を目指して活動を続けていきたい.
3.がん患者における心のケア
大森雅子(神経精神科 リエゾン)・小林清香・川本恭子・西村勝治
がん患者は,検査・診断と告知,さまざまな苦痛を伴う治療,再発と進行,さらに積極的な治療から緩和医療への変換といったように,がんの臨床経過の節目ごとに多くの危機的なストレスにさらされ,さまざまな心理反応を示す.これらの心理反応において,それぞれの種類,症状,強さ,重症度などには,がんそのものの医学的な特徴,身体状態,情報提供,さらに患者元来の性格特徴あるいはコーピングのスタイル,精神障害の既往,その他多くの因子の影響を受けている.がんの告知や治療過程においての苦悩は正常な心理反応として一般的にみられる感情状態であるため,病的なレベルに至っても見過ごされやすい.適切な環境調整を含む精神療法や薬物療法によって改善させることが可能であるため早期発見と介入が重要であるといわれている.
当院に緩和ケアチームが発足して1年あまりになる.当院は,大学病院であるため,がんに対しても積極的な医療の提供が中心となっている.急性期治療の環境の中で,緩和医療を提供して行く上で,冒頭に示したような個々のがん患者における心理的問題ばかりでなく,家族やケアを提供するスタッフさえも様々な問題に直面することを経験してきた.
我々精神科リエゾンがチームの一員として,それらのケースに心理的対応をしてきたが,これをいくつかのパターンにまとめ,今後の活動の展望について考察を加える予定である.
4.緩和ケアチーム看護師の取り組み―小さなことからコツコツと―
大堀洋子(看護部)・吉田有里・廣井陽子
緩和ケアチームの看護師は3名である.それぞれは所属部署の協力の下,ペインクリニック医師と薬剤師と共に,各部署からの依頼のあった患者に対応している.
緩和ケアチームの看護師の役割は,@生活を支援する看護師の立場で患者さんが感じている生活上の困りを引き出し,またご家族の思いを確認し,症状緩和に反映させること,A緩和ケアチームの介入が中断しないよう定期的に患者訪問し,症状変化の確認を行い診察の調整を行うこと,B担当看護師が患者対応に困難さを抱えていないか確認し,対応策を検討すると共に必要に応じ,リエゾン医師の介入調整を行うこと,C緩和ケアチーム勉強会やニュースレターの継続,カンファレンスの議事録作成など,チーム活動の維持を図ることである.
今年4月,電子カルテ上に緩和ケアの窓口はできたが,チームのメンバーが在宅医療室・ペインクリニック・リエゾン・消化器病センター・薬剤部・看護部など複数の部署に所属しているため,患者の情報を共有する難しさ,チーム間で連携を図る難しさがある.この連携を図る役割が看護師にあると考えている.少ない看護師で活動を行うためには,各部署の看護師との連携を十分に図っていくこと,そしてチーム活動の維持のためには,一つ一つの継続をコツコツ図ることであると実感している.
5.緩和ケアにおける院内での薬剤適正使用と地域連携
伊東俊雅(薬剤部)・木村桂子・佐川賢一
当院においては,2005年10月,全病棟コンサルテーション型の緩和ケアチームが発足し,診療報酬上の緩和ケア加算は算定していないものの,主治医科からのコンサルテーション依頼に伴い,活動を行なっている.チームの活動は毎週金曜日に回診,カンファレンスを開いて治療方針や治療の成果などについて情報共有を図っている.がん緩和ケアは,本年6月,がん対策基本法の法案国会通過とともに条文として盛り込まれ,われわれ医療従事者は心して緩和医療に取り組まなければならない時代となった.テーラーメードで患者QOLに配慮した質の高い緩和ケアを行うには,主治医科と緩和ケアチームとの連携体制の確立が大切であると思われる.
薬剤師の当院緩和ケアチームにおける活動は,患者の病態に合わせた,チーム医師に対する薬剤の投与量アドバイス,患者に対する薬学的見地からの鎮痛評価や服薬指導の実施,副作用モニタリング,在宅療養移行患者の薬剤調製,病棟担当薬剤師からの相談などを行っている.
今後,薬剤師はこれらの活動を充実させるとともに,医療用麻薬をはじめとする緩和ケアに用いられる医薬品の適正使用の推進,倦怠感や呼吸困難などの随伴症状の改善に対する薬剤提案,在宅緩和ケアのための地域薬局との連携強化等にも力を注ぐ必要がある.また,緩和ケア専門薬剤師の育成なども積極的に推進することが必要であると考えられる.
今回は,緩和ケアチームにおけるわれわれ薬剤師の活動内容について紹介させていただく.
6.終末期患者の在宅移行
沼田久美子(在宅医療支援・推進室)・篠 聡子・大堀洋子・大塚愛子
女子医大病院在宅医療支援・推進室は退院する医療依存度の高い患者・家族が在宅で安心して医療が継続できるように支援しており,現在,各診療科からの新規依頼は年間300件を越えている.平成17年度の依頼数は外来・入院を含め392件で,その内,悪性新生物は257(入院203,外来55)件と66%を占めていた.悪性新生物患者で,地域医療機関連携のある在宅療養移行は入院約55%,外来約88%であり,その多くは麻薬使用やHPN(在宅中心静脈栄養法),HEN(在宅経腸栄養法),HOT(在宅酸素療法)などのハイテク医療を家に持ち帰っている.もはや積極的な治療を望めなくなった場合の療養環境や療養場所の選択は,患者・家族にとり重大な問題となる.
現在,統計上死亡場所の約85%は病院というように,多くの場合は治療も看取りも病院で行われているが,実際には「住み慣れた家で生活したい」と望む人は多い.
患者・家族にとっての高いQOL在宅療養とはどのようなものであるのか? その実現のために必要なものは? 女子医大病院が果たす役割は? などを症例も交えて考えたい.
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