◆第17回山川寿子研究奨励賞◆
1.小切開創超音波白内障手術における最適な眼内レンズ度数選択基準
須藤史子(眼科学)
小切開創超音波白内障手術は眼内レンズ(IOL)度数により,患者の希望する屈折度を作成できるため,屈折矯正手術としての意味合いを持つ.そのためIOL度数の選択がより重要となる.
しかし,1〜3%に起こる合併症(破嚢)においては,IOL度数は生理的安定の嚢内に固定されることが前提として計算されることより,破嚢時に嚢外固定するとIOLは前方で固定されるため,そのままの度数を嚢外固定したのでは,術後屈折値は近視化する.そこで,臨床データを用い仮想度数の設定と前房深度の計測による逆算から,標準眼軸長眼であれば,嚢内予定度数から1D引いたものを嚢外固定すると,術後屈折誤差が最小になることを報告した(Suto C, et al: J Cataract Recfract Surg 29: 1913-1917, 2003).
さらに,眼軸長により前房深度の占める割合が違うため,眼軸長別に減じる割合を変える必要がある.そこで今回,グルストランド模型眼を用い,近軸光学理論式シミュレーションを行い,汎用IOLのAcrysof MA60BM(アルコン社)におけるスライディングスケールを作成した.予定嚢内度数が 10Dならば減ずる必要がなく,10 ≦15D;0.5,15 ≦20D;1.0, 20 25D;1.5, 25D≦;2.0を減ずるとよい.この基準により合併症症例でも患者の希望屈折度が実現できる.

2.胆管細胞の発癌機序に関する分子生物学的検討
谷合麻紀子(消化器内科学)・橋本悦子・立元敬子
[目的]原発性硬化性胆管炎(PSC)の生命予後に繋がる重篤な合併症は胆管癌であるが,癌化のメカニズムやアポトーシスとの関連は明らかにされていない.@PSCの胆管細胞における主要な癌抑制遺伝子p16遺伝子の点突然変異の頻度およびpromoter活性との関連,A胆管癌細胞のアポトーシスへの感受性規定蛋白の同定,について検討した.
[方法]@PSCの肝組織標本から胆管細胞を顕微鏡下で選択的に採取しDNA抽出後p16のpromoter, exon 1〜3をPCR法で増幅し全塩基配列決定,gene bank登録塩基配列と比較し点突然変異を検出した.promoter領域に認めた変異を組み込んだp16を作製し,野生株と変異株のpromoter活性をreporter gene assayで検討した.PSC肝組織のp16蛋白を免疫組織化学法で検討した.A胆管癌細胞株のアポトーシス関連蛋白発現をWestern blot法で検討した.主要な蛋白に関してsiRNAで各蛋白の遺伝子発現を選択的に抑制した細胞株を作製し,TRAIL誘導アポトーシスへの感受性を野生株と比較した.
[結果]@p16のpromoterは,PSCの胆管細胞において複数の点突然変異を認め,50%の変異においてpromoter活性が著明に減少した.16蛋白は変異例の胆管細胞で染色性が弱く,主要癌抑制遺伝子のpromoter活性低下と癌化の関連が示唆される.A各種胆管癌細胞株で共通発現するアポトーシス抑制蛋白はMcl-1であり,これを抑制するとTRAIL誘導アポトーシスに対する感受性は野生株および他の蛋白抑制時に比し著明に増大した.

◆第13回佐竹高子研究奨励賞◆
1.C型肝炎患者の進展、治療にかかわる遺伝子多型性の検討
徳重克年(消化器内科学)
[緒言]C型肝炎ウイルス(HCV)の進行、病態は、ウイルス量やGenotypeなどのウイルスか側因子だけでなく、生体側の因子も関与しているものと考えられている。しかし、生体側因子の解析は充分とは言えず、今回C型肝炎に関わる生体側因子、特に遺伝子多型に関して検討した。(方法)検索した遺伝子多様性の部位は、TNF-α promoter region -238, -308, TNF-β Nco1 site, IL-10 promoter region -1082, -819, -592, MxA gene promoter region -123,-88とHLA-DR B1ハプロタイプである。(結果)1)ALT値と関係; 平均ALT値が40未満の群をGroup A、50以上の群をGroup Bとし、両群間を比較した。その結果、TNF-α promoter region -308, -238の遺伝子多型に関しては、有意差はなかったが、TNF-βのgenotypeに関しては、B1/B1の保有率がGroup Aで有意に多かった。また、HLA-DRB1パフロタイプに関しては、Group Aで有意にDRB1*0901が多かった。2)肝生検所見との関係;同様に線維化の進行してないF1症例で、TNF-β genotypeが B1/B1の症例が有意に多かった。3)IFN+Ribavirin併用療法と遺伝子多様性; TNF-α -238, -308, MxA -123, -88, IL-10 -1082, 819, -592の遺伝子多様性とHCV消失率に差は認められなかったが、TNF-βのNco1 siteに関しては、非消失例でgenotype B2/B2の保有率が有意に高かった。(結語)C型肝炎の進行、治療にTNF-βの遺伝子多型を含む遺伝子多型が関与していることが明らかになった。

2.抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎の発症機構の解析
湯村和子(第四内科学)
急速進行性腎炎の病態を主軸とするANCA(抗好中球細胞質抗体)関連血管炎の患者は高齢化社会とともに増加しつつある.動物実験を用いてのこの発症機序の解明は,治療への応用を考える上でも重要である.今回,ウシ血清(BSA)を用いてBSA誘導型腎炎の作製を試みた.C57/BL6マウスにBSAをcomplete Freund's adjuvantを混合し2週間おきに前感作し,その後8週以降は連日BSAを腹腔内注射し半月体形成性腎炎を誘発した.その結果,5週からは少量の蛋白尿を認めるようになり,尿蛋白量は8週目以後有意に増加した.腎組織には糸球体内に好中球浸潤を認め,半月体形成を認めるようになり,血尿も伴ってきた.9週目以降血清中のANCAが上昇し,好中球浸潤と相関していた.このような結果より,BSAを注射することにより,末梢血好中球数および血小板数が増加する.ANCAが上昇することと関連して活性化した好中球は糸球体内皮細胞を傷害し,その結果ボウマン嚢上皮の増生すなわち半月体を形成することが示唆された.

3.甲状腺における末梢幹細胞と組織再生機構
磯崎 収(第二内科学)
多様な細胞に分化可能な幹細胞は骨髄造血組織において発見されたが,多くの組織に存在することが推測されている.最近になり成体マウス下垂体や甲状腺組織においても,side population細胞分離やneurosphere法で,骨髄幹細胞や神経幹細胞に特異的な遺伝子を発現する細胞群が同定された.このような細胞では組織特異的転写因子の発現は通常は抑制されているが,組織再生時に再度発現が誘導されるがその機構は不明である.
私たちは甲状腺組織が塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含むこと,bFGFが甲状腺細胞の分化を抑制し,増殖を促進することを明らかにした.ES細胞においてはその自己複製にbFGFが重要な役割を果たしており,神経幹細胞の特徴であるneurosphere形成にbFGFが必要である.よって,甲状腺組織の幹細胞の維持と複製にもbFGFが重要な役割を果たしている可能性が示唆され検討を行った.
正常ラット甲状腺濾胞細胞由来の株化細胞であり,TSH依存性の増殖を示すFRTL5細胞を用いた.bFGFはTSHにより誘導される甲状腺特異遺伝子である,ヨードシンポーター(NIS),甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)遺伝子発現を抑制した.bFGFによりTSH非存在下でFRTL5細胞を増殖させると,甲状腺特異的転写因子であるTTF-1およびPAX-8の遺伝子発現が現弱した.また,高濃度のbFGFで処理した細胞は幹細胞にて発現が報告されているNanog, Oct4 mRNAを発現し,bFGFによる未分化の状態への退行が示唆された.しかし,bFGFの除去とTSHの添加のみではこれらの未分化な細胞における甲状腺特異転写因子(TTF-1,PAX-8)の発現は認められず,何らかの分化誘導が必要なことが判明した.よって,各種分化誘導因子およびコラーゲンマトリックスによる立体培養を用いて再分化誘導を行い,甲状腺における再生と分化の機構について検討した.

4.慢性蕁麻疹、慢性多形痒疹、その他の難治な皮膚疾患におけるヘリコバクター・ピロリ菌の関与および除菌治療の有効性の検討
石黒直子(皮膚科学)・武村朋代・成田千佐子・上松ふみ・川島 眞
症例は60歳女性。
2004年10月以降に当科を受診した慢性蕁麻疹(chronic urticaria: CU)、慢性多形痒疹(prurigo chronica multiformis: PCM)、その他の難治な皮膚疾患についてヘリコバクター・ピロリ(HP)菌の陽性率および除菌治療の有効性の検討を行った。HP菌は便中のHP抗原をELISA法で検索した。除菌治療としては、アモキシシリン750mg/回、クラリスロマイシン400mg/回、ランソプラゾール30mg/回を1日2回、7日間の内服とした。その有効性については治療前後の臨床像の推移とQOL調査を施行し判定した。
結果:<症例>現時点でCU 46例、PCM 10例、その他の痒疹4例、難治な湿疹3例、再発性の多形滲出性紅斑1例、紅皮症1例が対象となった。<HP抗原の陽性率>CU 14/46(30.4%)、PCM 7/10(70%)、その他の痒疹 0/4、難治な湿疹 3/3、再発性の多形滲出性紅斑 0/1、紅皮症1/1であった。<除菌治療>CU 7例、PCM 6例について施行した。CUの4例は除菌1ヶ月後に軽快し、2例は不変で、残り1例は今後判定予定。PCMの4例は除菌3〜14日後より軽快し、内1例は治癒し6ヶ月の時点で再発なし。2例は不変。1回の除菌で不変であった1例では除菌後もHP抗原が陽性であったので、クラリスロマイシンをメトロニダゾ−ルに変更し除菌を施行したところ、皮疹は軽快傾向にある。考按:PCMでHP抗原が高率に陽性であった。PCMの5/6で除菌治療が有効であり、しかも除菌後比較的速やかに軽快を認めており、その発症機転におけるHP菌の関与が疑われた。

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