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2018年03月15日  新規血管新生抑制因子の発見 ~再生医療用心筋組織構築や虚血性心疾患への新規治療法開発へ期待~

 
 
                  



新規血管新生抑制因子の発見
~再生医療用心筋組織構築や虚血性心疾患への新規治療法開発へ期待~
 
平成30年3月15日
学校法人東京女子医科大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

概要
 東京女子医科大学先端生命医科学研究所の増田(青木)信奈子助教および同大学先端生命医科学研究所・循環器内科の松浦勝久准教授らの研究グループは、再生医療用ヒト心筋組織開発の過程で、ヒト心臓線維芽細胞およびヒトiPS細胞より分化誘導された線維芽細胞に血管新生抑制作用があることを見出し、その責任因子としてそれらの線維芽細胞に高発現するLYPD1を同定するとともに、LYPD1タンパク自体に血管新生阻害作用があることを見出しました。
 本研究成果は、再生医療のみならず血管新生抑制機序の解除による虚血性心疾患への治療法開発など幅広い展開が期待されます。
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム技術開発個別課題「再生医療用製品の大量生産に向けたヒトiPS細胞用培養装置開発」(研究開発代表者:松浦勝久)の一環で行われました。また文部科学省科学研究補助金、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人武田科学振興財団の支援も受けており、その研究成果は、国際科学誌Biomaterialsに、2018年3月2日にオンライン版で発表されました。また、本研究成果に関連して、「LYPD1阻害剤及びそれを用いた生体組織の製造方法」、「血管新生抑制剤及び血管新生抑制剤のスクリーニング方法」として特許出願を行っています。

発表のポイント  

 
今回、研究グループは、これまで特性の多くが不明であったヒト心臓線維芽細胞が、共培養した様々なヒト血管内皮細胞のネットワーク形成を抑制することを見出しました。これは心臓線維芽細胞が血管新生抑制作用をその特性として有することを示唆するものです。
ヒト心臓線維芽細胞の血管新生抑制作用の責任因子として、LYPD1の同定に成功しました。

 
LYPD1タンパク量を添加すると、心臓線維芽細胞がなくても血管内皮細胞のチューブ状構造を抑制したことから、LYPD1タンパク自体に血管新生抑制作用があると考えられます。

 
ヒトiPS細胞より心筋細胞への分化誘導過程で産生される線維芽細胞もLYPD1を高発現し、血管新生抑制作用を示すことも明らかにしました。

 
本研究成果は、再生医療のみならずLYPD1の血管新生抑制作用を抑えることで血管新生を誘導する新たな治療法開発など幅広い展開が期待されます。

研究の背景
 重症心不全に対する新たな医療として、ヒト多能性幹細胞由来心筋組織を用いた再生医療研究が世界的に進められており、3次元組織の移植には、より高い機能再生効果が期待されています。組織工学を用いた3次元組織は、疾患・創薬研究への応用も世界中で進められています。生体の組織は、様々な構成細胞からなる共同体であり、各構成細胞の特性理解とともに、その細胞間の相互作用を理解することは、より機能的な再生医療用および疾患・創薬研究用組織の開発のみならず生体の組織・臓器の特性の理解にもつながるものと考えられ、我々は細胞シート工学を基盤に、組織・臓器構築を目指した研究開発を進めています。
 生体の心臓には、実質細胞としての心筋細胞だけでなく、間質には線維芽細胞および血管の細胞が存在し、心臓で最も多く存在すると言われている細胞が線維芽細胞です。細胞シート工学を用いて心筋組織を構築する上でも、心筋細胞とともに線維芽細胞が不可欠であり、さらに3次元組織の構築には、組織を栄養する血管網も不可欠です。線維芽細胞は、様々な組織・臓器に存在しており、その由来による機能的特性の差異を明らかにすることは、より生体に近い組織構築を可能にするものであり、ひいては心臓の特性をより深く理解することになると考えます。
 そこで今回、ヒト心臓線維芽細胞とヒト皮膚線維芽細胞の血管新生能を、ヒト血管内皮細胞との共培養によって比較検討し、得られた機能的差異の分子機序を解析することで、心臓線維芽細胞の特性を明らかにすることを目的に研究を開始しました。
 
研究成果の概要
 ヒト臍帯静脈血管内皮細胞やヒトiPS細胞由来血管内皮細胞、ヒト心臓微小血管内皮細胞およびヒト大動脈血管内皮細胞をヒト皮膚線維芽細胞と共培養すると、いずれも血管内皮細胞の密なネットワークが形成されるのに対し、これらの血管内皮細胞をヒト心房および心室由来心臓線維芽細胞と共培養すると、血管内皮細胞のネットワーク形成が抑制される様子が観察されました(図1)。このことは、心臓線維芽細胞が、血管新生に対し抑制的に働いていることを示唆するものであり、「ヒト心臓線維芽細胞には血管新生抑制因子が高発現している」との仮説をたてました。ヒト皮膚線維芽細胞に比して、ヒト心房由来線維芽細胞およびヒト心室由来線維芽細胞で発現が高く、細胞外ないし細胞膜のタンパク質をコードする遺伝子をマイクロアレイ解析にて選定し、さらに定量的RT-PCR法にて発現レベルを再評価した結果、3つの候補遺伝子が残りました。siRNAを用いてこれらの遺伝子発現を抑制したヒト心臓線維芽細胞と、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を共培養し、心臓線維芽細胞の血管内皮細胞ネットワーク形成における各遺伝子の関与を評価したところ、LYPD1の発現を抑制した時のみ血管内皮細胞ネットワーク形成が回復しました(図2)。以上より、ヒト心臓線維芽細胞はLYPD1を介して血管内皮細胞ネットワーク形成を抑制していると考えられます。
 次に、LYPD1タンパク自体の血管新生に対する影響を評価しました。ヒト皮膚線維芽細胞との共培養によるヒト臍帯静脈血管内皮細胞の豊富なネットワーク形成は、作製したリコンビナントLYPD1の添加により抑制されました。さらにリコンビナントLYPD1を、マトリゲル中で培養された血管内皮細胞に添加すると、容量依存的に血管内皮細胞の管腔形成が抑制されることも明らかとなりました(図3)。以上より、LYPD1タンパク自体に血管新生抑制作用があると考えられます。
 これまでに我々はヒトiPS細胞より分化誘導した細胞を用いて心筋シートが作成できることを報告しており、心筋シート中には心筋細胞とともに線維芽細胞も存在します。この線維芽細胞にもLYPD1は高発現しており、またヒト血管内皮細胞と共培養すると、ヒト心臓線維芽細胞と同様に血管内皮細胞ネットワーク形成が抑制されました。したがって、iPS細胞から心筋細胞への分化誘導過程で産生される線維芽細胞は、生体由来の心臓線維芽細胞と同様の特性を有することが示唆されます。
 


研究成果の意義と今後の展開
 心臓線維芽細胞の特性としての血管新生抑制作用を明らかにし、新規血管新生抑制因子LYPD1を同定した本研究は、再生医療用および疾患・創薬研究用心筋組織構築に貢献するのみならず、LYPD1発現・機能抑制による虚血性心疾患に対する血管新生治療につながる可能性があります。
 
用語解説
線維芽細胞
組織・臓器の間質に存在する紡錘形の細胞であり、実質細胞の機能を支持するとともに、コラーゲンなどの細胞外マトリックスタンパクを産生することで組織の構造維持に寄与する。
 
血管内皮細胞
血管の内表面を覆う扁平で薄い細胞であり、毛細血管は血管内皮細胞より構成される。
 
人工多能性幹細胞
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は皮膚などの体細胞に遺伝子を導入することによって得られる多能性幹細胞である。
 
心筋シート
心筋細胞等を温度応答性培養皿に播種し、一定期間培養後に温度降下処理にて回収される単層の心筋組織である。
 
血管新生
既存の血管から新たな血管が分枝して微小血管網が構築される現象であり、固形腫瘍や様々な虚血性疾患等に密接に関連することが知られている。
 
論文情報
タイトル:
Inhibition of LYPD1 is critical for endothelial network formation in bioengineered tissue with human cardiac fibroblasts
 
著者名:
Shinako Masuda1, Katsuhisa Matsuura1,2, Tatsuya Shimizu1
 
著者の所属
1. 東京女子医科大学先端生命医科学研究所
2. 東京女子医科大学循環器内科
 
掲載誌:
Biomaterials
 
DOI
10.1016/j.biomaterials.2018.03.002
 
問い合わせ先

研究に関すること
東京女子医科大学先端生命医科学研究所
松浦勝久
TEL:03-3353-8112 内線 43213  FAX:03-3356-6041
Email: matsuura.katsuhisa”AT”twmu.ac.jp
 
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